忌野清志郎 イマワノトキヲ迎える
2009年05月03日
http://www.bounce.com/news/daily.php/19381/headlineclick
他言はいらない、まずはこの曲を・・・・・
忌野清志郎 ザ・タイマーズ「FM東京のうた」
他言はいらない、まずはこの曲を・・・・・
忌野清志郎 ザ・タイマーズ「FM東京のうた」
司令塔はいらない時代の、野球に倣って!
2009年04月04日
久しぶりのエントリーです。さて、この間、WBCがあった。星野監督のときとは違い、固定メンバーなどにこだわらず、機敏にオダーを入れ替える原監督の采配はドンピシャで素晴らしかった。監督の仕事、それは選手起用につきる。ホームランか三振かといった従来の野球に代わって「繋ぐ」野球を、原監督は起用方針にした。塁に出て走り、走って繋ぐ。左右に投げわけ、上下に落とす岩隈の投球は凄みがあった。こうして、我々は、野球にもネットワーク社会を見て取ることができる。トップダウン方式に監督が全権を掌握し、頭ごなしに君臨するという司令塔野球は、どれもみな「繋ぐ」野球=ネットワーク社会に順応したプレー(遊び)にはかなわなかった。きっと、そのことに誰よりも早く取り組んでいたイチローが、こともあろうに、不調だったのは皮肉だったが、それでも、決めるところはきめ、ファールで何度もかわした末、センター前にライナーでもっていったのは見事だった。バットを振り回し、ボールを打つのではない。ボールとバットをいかに同調させるか。その同調をどのように作っていくか。ボールとバットの接触を、どれだけ可変可能なものに拡張していけばいいのか。プレーヤー・イチローの身体という頭脳は遊び心(マインド)に満ちていて、見る者を魅了して止まない。間違えないでおこう。それは「マインド」であって「ハート」でなない。頭脳(マインド)を伴わない心(ハート)など誰も求めてはいないのだ。
一方、サッカーはどうだったか。語るに及ばない。岡田監督の、あの暗い顔を見ているだけでウンザリしてくる。これで、プレー(遊び)してるの、か?その顔を何度も映すテレビの編集者も、編集者だ。そもそも、我々が、観たいのはプレーであって、ベンチではない。ベンチはプレーしていない。頭ごなしに君臨するという編集者という仕事の限界がこんなところにも露呈していて、さすが、斜陽産業です。こんなところに広告を出す企業に未来はあるのか。商品購入費に、広告費は含まれていることを考えれば、やっぱり、こんな企業が提供する商品を購入したくない。
北朝鮮がミサイルを発射した、でも、誤報だった。いい加減、ママゴトは止めて欲しい。9・11で証明されたように旅客機がミサイルになる時代にミサイルなど不要というものだ。食料不足なら、それを供給してやればいいのだ。費用対効果からいっても、これが適切な判断だろう。いたずらに、不安を煽り、煽った不安に煽られて不安になってる、誤報報道機関(官僚を含む)は完全に立ち遅れている。ハッキリいって、社会の進展を妨げる厄介者で、これなんど、典型に「トップダウン方式に監督が全権を掌握し、頭ごなしに君臨するという司令塔」の弊害というものだ。つまらんことに付き合わされるより、ミサイル飛ばしたいなら、飛ばせばいい。無視すれば、それでしまい。
「英ファイナンシャル・タイムズ、Twitterフィード配信を公式に開始」ということ。どうせなら、不安を煽るより、こういうことに不安を覚えることから始めないと、悲惨な状況になってるのに、ね。官僚=報道機関は社会のゴミだ。
一方、サッカーはどうだったか。語るに及ばない。岡田監督の、あの暗い顔を見ているだけでウンザリしてくる。これで、プレー(遊び)してるの、か?その顔を何度も映すテレビの編集者も、編集者だ。そもそも、我々が、観たいのはプレーであって、ベンチではない。ベンチはプレーしていない。頭ごなしに君臨するという編集者という仕事の限界がこんなところにも露呈していて、さすが、斜陽産業です。こんなところに広告を出す企業に未来はあるのか。商品購入費に、広告費は含まれていることを考えれば、やっぱり、こんな企業が提供する商品を購入したくない。
北朝鮮がミサイルを発射した、でも、誤報だった。いい加減、ママゴトは止めて欲しい。9・11で証明されたように旅客機がミサイルになる時代にミサイルなど不要というものだ。食料不足なら、それを供給してやればいいのだ。費用対効果からいっても、これが適切な判断だろう。いたずらに、不安を煽り、煽った不安に煽られて不安になってる、誤報報道機関(官僚を含む)は完全に立ち遅れている。ハッキリいって、社会の進展を妨げる厄介者で、これなんど、典型に「トップダウン方式に監督が全権を掌握し、頭ごなしに君臨するという司令塔」の弊害というものだ。つまらんことに付き合わされるより、ミサイル飛ばしたいなら、飛ばせばいい。無視すれば、それでしまい。
「英ファイナンシャル・タイムズ、Twitterフィード配信を公式に開始」ということ。どうせなら、不安を煽るより、こういうことに不安を覚えることから始めないと、悲惨な状況になってるのに、ね。官僚=報道機関は社会のゴミだ。
新聞で正しいのは日付だけ
2009年02月23日
来たー!!!!!朝日新聞社、4億円所得隠し=カラ出張で架空経費-当時の京都総局長ら処分
■
2月23日17時57分配信 時事通信
朝日新聞社(東京都中央区)が東京国税局の税務調査を受け、出張費の過大計上などで2008年3月期までの7年間に約3億9700万円の所得隠しを指摘されたことが23日、分かった。このうち、京都総局が出張費などで計上した約1800万円については、カラ出張などによる架空経費と認定された。
同社が明らかにした。申告漏れ総額は約5億1800万円。同社は、京都総局の当時の複数の総局長を停職処分にしたほか、管理責任を問うとして、東京、大阪、西部、名古屋の各本社編集局長を減給処分にした。
■
貧すれば鈍す、ですね。しかも、これ、捏造報告をしたということです。報道機関がですよ。つまり、いつでも、捏造報道を行てもおかしくないということです。
まー、朝日新聞社の存在それ自体が「捏造」だった、そんな話もあるのかな?労働者のための、弱者救済の進歩的文化人の成りの果てが、朝鮮労働者党=北朝鮮だったという現実、それでも、朝日を購読しますか?前に書いたことことだけど、敢えて繰り返そう。
新聞で正しいのは日付だけ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ところで、映画「おくりびと」が外国語映画賞-米アカデミー賞ということだが、これで喜んでいるのは新聞・テレビ・雑誌だけだろう。近く、麻生氏が渡米する。米国債を握らされて「おくりびと」されることだろう。それくらいはせめて指摘しろよ!てんだ・・・・
■
2月23日17時57分配信 時事通信
朝日新聞社(東京都中央区)が東京国税局の税務調査を受け、出張費の過大計上などで2008年3月期までの7年間に約3億9700万円の所得隠しを指摘されたことが23日、分かった。このうち、京都総局が出張費などで計上した約1800万円については、カラ出張などによる架空経費と認定された。
同社が明らかにした。申告漏れ総額は約5億1800万円。同社は、京都総局の当時の複数の総局長を停職処分にしたほか、管理責任を問うとして、東京、大阪、西部、名古屋の各本社編集局長を減給処分にした。
■
貧すれば鈍す、ですね。しかも、これ、捏造報告をしたということです。報道機関がですよ。つまり、いつでも、捏造報道を行てもおかしくないということです。
まー、朝日新聞社の存在それ自体が「捏造」だった、そんな話もあるのかな?労働者のための、弱者救済の進歩的文化人の成りの果てが、朝鮮労働者党=北朝鮮だったという現実、それでも、朝日を購読しますか?前に書いたことことだけど、敢えて繰り返そう。
新聞で正しいのは日付だけ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ところで、映画「おくりびと」が外国語映画賞-米アカデミー賞ということだが、これで喜んでいるのは新聞・テレビ・雑誌だけだろう。近く、麻生氏が渡米する。米国債を握らされて「おくりびと」されることだろう。それくらいはせめて指摘しろよ!てんだ・・・・
金融危機融を口実に、ゾンビ企業が国民資産を食い尽くす!
2009年02月19日
中川財務・金融相辞につき与謝野経財相が兼務することになった。これで、せっかくの大蔵省改革が泡となってしまう。財政・金融・経済企画が財務省に一括され、もとの大蔵省と変わらないことに。これを民主党の小沢代表は「政治家として、また、大臣としても一生懸命、その職務を務めておられる。自民党内閣だから中身や政策の考え方に賛意を表しているわけではないが、彼は彼なりにやってるんだろう」と持ち上げたというのだから、この先、更に「失われた10年」が複利で襲ってくることになる。
その一端が以下の、これ・・・
■
日本航空、金融危機融資の活用を検討 最大2000億円
日本航空は日本政策投資銀行による金融危機対応のための低利融資を活用する検討に入った。最大2000億円規模の長期資金を調達する方向で国土交通省や経済産業省など関係機関との調整を進めている。景気低迷で旅客需要が急減し、収入減が続けば、航空機購入など設備投資が集中する今秋以降に資金が不足する懸念があるため。調達を前倒しして十分な手元資金を確保することで、経営の安定化を狙う。
国土交通省などとの交渉の行方によっては公的資金を使って一般企業に資本注入する新制度を活用する可能性もある。(08:59)
■
もともと、JALは今回の金融危機以前からがたついていた。航空業界が世界的に構造問題を抱えているのだから、事情はJALに限ったことではない。そこに事故が重なり、ユーザーから敬遠されていた。それが収益を圧迫していた。こんなゾンビ企業を、ゾンビのまま維持するのは健康とはいえない。せめて、会社更生法を適応の上でなければ、単に財政負担が多くなり、結局、税金でユーザーが強制的に支払うことになる。
そういった操作を牽引しているのが財務省所管の特殊会社・日本政策投資銀行である。株主が責任をとった上でなければ、どんな手当ても納得できない。せめて、これくらい、新聞は社説書けよ!まったく。
その一端が以下の、これ・・・
■
日本航空、金融危機融資の活用を検討 最大2000億円
日本航空は日本政策投資銀行による金融危機対応のための低利融資を活用する検討に入った。最大2000億円規模の長期資金を調達する方向で国土交通省や経済産業省など関係機関との調整を進めている。景気低迷で旅客需要が急減し、収入減が続けば、航空機購入など設備投資が集中する今秋以降に資金が不足する懸念があるため。調達を前倒しして十分な手元資金を確保することで、経営の安定化を狙う。
国土交通省などとの交渉の行方によっては公的資金を使って一般企業に資本注入する新制度を活用する可能性もある。(08:59)
■
もともと、JALは今回の金融危機以前からがたついていた。航空業界が世界的に構造問題を抱えているのだから、事情はJALに限ったことではない。そこに事故が重なり、ユーザーから敬遠されていた。それが収益を圧迫していた。こんなゾンビ企業を、ゾンビのまま維持するのは健康とはいえない。せめて、会社更生法を適応の上でなければ、単に財政負担が多くなり、結局、税金でユーザーが強制的に支払うことになる。
そういった操作を牽引しているのが財務省所管の特殊会社・日本政策投資銀行である。株主が責任をとった上でなければ、どんな手当ても納得できない。せめて、これくらい、新聞は社説書けよ!まったく。
政局という、お芝居、飽きた!
2009年02月17日
中川財務・金融担当大臣の酔っ払いが、話題になってる。非難されている。
アラ、こう書いているうちに事態は進行してるみたい。来年度予算成立後の辞意表明 ですか。これって、トカゲの尻尾きりで責任回避の麻生総理。あっそうですか。
確かに、酔っ払って会見に応じるとは、なんたる不届きものめ、が^~~、そういいたくなるのは分かる。でも、それって、ホント、そうだろうか。非難している人ってどんな人なの。過剰な期待を寄せているだけじゃないの。そんなの、今更じゃん。むしろ、G8なんてものはお芝居で、しかも、とっても退屈。酒でも飲まなければやってられないよ。そんなもんに期待するのは止めにして、めいめい好きにやってよ!そう考えれば中川財務・金融担当大臣はごく素直な人ということにならないか? ならない!でも、みんな宴会で酒飲むでしょ。G8なんてイヴェントも宴会と一緒。実務は各国の官僚が用意しているんだよ。
会議なんてもんはお祭り。お祭りで、不景気な顔してる人って、どんな人なの。ハッキリいって、お祭り参加者に向かって説教たれてる人こそが、不景気な人じゃないのか。新聞、テレビにたむろし、もっともらしい顔して、人に説教して金稼ぎする輩に金が回る構造を変えることが先決だろう。お祭りで酔っ払うことを非難されては、俺だったら、ちと適わない。とっとと、退場しなければならないのは、寄ってたかって非難してる人だと、俺は思う。
お馬鹿な大臣の一人や二人、なんのその!総理大臣3人続けて無能でも、日本文化の底地からはぐらつかない。にわか作りの組織をつくっても、所詮は張りぼて。それが、露呈しているのが今の状況で、そんなことであたふたせずに遣っていこう。それ!見てみろよ。円(YEN)はドルと並んで最強の通貨です。でも、あんまり油断するのは禁物。世界の構造の変化は確実に起きている。でも、それは、遠くのどこかではなく、誰もが触れられる、周囲5メートル圏内で起こっている。その微細な変化に敏感に対応すること。
例えば、ファースト・リテイリング。消費低迷で小売業が厳しい中、割安で実用的な「ヒートテック」などのヒット商品を生んだ。重厚長大産業ではなく、且つ、軽薄短小による大量生産でもない商品が求めれれている。遠くではない、今、ここで起きている小さい、でも、強い変化に機敏に対応してれば、大丈夫だ。
アラ、こう書いているうちに事態は進行してるみたい。来年度予算成立後の辞意表明 ですか。これって、トカゲの尻尾きりで責任回避の麻生総理。あっそうですか。
確かに、酔っ払って会見に応じるとは、なんたる不届きものめ、が^~~、そういいたくなるのは分かる。でも、それって、ホント、そうだろうか。非難している人ってどんな人なの。過剰な期待を寄せているだけじゃないの。そんなの、今更じゃん。むしろ、G8なんてものはお芝居で、しかも、とっても退屈。酒でも飲まなければやってられないよ。そんなもんに期待するのは止めにして、めいめい好きにやってよ!そう考えれば中川財務・金融担当大臣はごく素直な人ということにならないか? ならない!でも、みんな宴会で酒飲むでしょ。G8なんてイヴェントも宴会と一緒。実務は各国の官僚が用意しているんだよ。
会議なんてもんはお祭り。お祭りで、不景気な顔してる人って、どんな人なの。ハッキリいって、お祭り参加者に向かって説教たれてる人こそが、不景気な人じゃないのか。新聞、テレビにたむろし、もっともらしい顔して、人に説教して金稼ぎする輩に金が回る構造を変えることが先決だろう。お祭りで酔っ払うことを非難されては、俺だったら、ちと適わない。とっとと、退場しなければならないのは、寄ってたかって非難してる人だと、俺は思う。
お馬鹿な大臣の一人や二人、なんのその!総理大臣3人続けて無能でも、日本文化の底地からはぐらつかない。にわか作りの組織をつくっても、所詮は張りぼて。それが、露呈しているのが今の状況で、そんなことであたふたせずに遣っていこう。それ!見てみろよ。円(YEN)はドルと並んで最強の通貨です。でも、あんまり油断するのは禁物。世界の構造の変化は確実に起きている。でも、それは、遠くのどこかではなく、誰もが触れられる、周囲5メートル圏内で起こっている。その微細な変化に敏感に対応すること。
例えば、ファースト・リテイリング。消費低迷で小売業が厳しい中、割安で実用的な「ヒートテック」などのヒット商品を生んだ。重厚長大産業ではなく、且つ、軽薄短小による大量生産でもない商品が求めれれている。遠くではない、今、ここで起きている小さい、でも、強い変化に機敏に対応してれば、大丈夫だ。
「本」という悪夢の向こうにKindle2が!
2009年02月13日
最近、アマゾンが電子書籍端末Kindle2を発売したという。中には、これを「本」の代用ととらえ、画面転換の際の暗転が気になると指摘する人もいる。その通り、気にすれば確かに、気になる。ただ、気になるのはそれだけではない。 仲 俣 暁 生氏がそうであるように、電子書籍端末を単に「本の代用」としてのみ捕らえ、そこにある、「電子」「端末」が一考もされないのは問題だ。電子処理技術は、画面を構成するインターフェイスのみならず、インターネットや電波といったネットワークに至るまで、その適応範囲は抜群に広い。Kindleの魅力も、通信機能を備えていることだ。そこに今回の発表されたKindle2は、コンテンツのどの部分を読んでいるのかをモニターする技術が加わり、将来的にはKindle2と他の携帯デバイス間の同期化を行うことが可能だという。「つまり、キンドルで買った同じ書籍コンテンツがキンドルだけでなくその他複数の携帯デバイスで読めるようになるというわけだ」。それに比べれば、紙とインクで自己完結する「本」なんぞ、取るに足りない「贅沢品」なのだ。
池田信夫 blog「比較優位についての誤解」で指摘するように、Kindle2と従来の「本」を比較することで、どちらが優位かを争うことに意味はないばかりか、却って害である。比較優位にあって重要なのは機会費用の優劣で、機会費用が少ない方が市場では優位にたつのだ。「組み合わせ」型の大衆車に比較優位があるように、表紙で閉じられネットワークされない「本」と、デバイス間を繋げ相互に付加し合う(「組み合わせ」型)Kindle2とでは、圧倒的に後者に付加価値があり機会費用は少ない。そればかりではない。一度インクを紙に付着すると固定される本の上の文字と違って、電子処理され「図像」化された文字情報は何回でも再生可能である。その機会費用は本に比べ抜群に優れている。高級車に特化したトヨタの比較優位が役に立たなくなったことがトヨタの経営危機の原因であったように、「贅沢品」の本に特化することの比較優位は、電子書籍を前に役に立たなくなったのがKindle2の登場である。「低価格・低品質」の電子書籍をつくらないと、かつて「半紙と筆」が輪転機に駆逐されたように、電子デバイス(書籍)は世界市場から駆逐されるだろう。(既に、そうではあるが)
ただ、仲 俣 暁 生氏のように「電子的なデバイスで書籍のコンテンツが流通する日が日本でもやってくると思うし、そのような時代の到来を私はどちらかといえば願っている」と一応肯定的に振舞う人が、Kindle2といった電子書籍端末を「本の代用品」としか理解しえないというのは困ったものである。インターネットや通信といった情報網は単に情報インフラではなく、社会インフラであり、産業インフラでもある。そこに接続された端末が「本」としてパフォーマンスする。この現実を前に「本の代用」なんて発想することに限界がある。永遠に閉じられることのない「本」、ボルヘスの夢が現実となったとき、完結された「本」という概念が夢となったのだ。だから「本」に固執する人は夢遊病者である。夢遊病者に現実はない。現実がなければ夢はない。それを悪夢というのであれば、仲 俣 暁 生氏という悪夢につき合わされている人は悲惨ということ、か。
池田信夫 blog「比較優位についての誤解」で指摘するように、Kindle2と従来の「本」を比較することで、どちらが優位かを争うことに意味はないばかりか、却って害である。比較優位にあって重要なのは機会費用の優劣で、機会費用が少ない方が市場では優位にたつのだ。「組み合わせ」型の大衆車に比較優位があるように、表紙で閉じられネットワークされない「本」と、デバイス間を繋げ相互に付加し合う(「組み合わせ」型)Kindle2とでは、圧倒的に後者に付加価値があり機会費用は少ない。そればかりではない。一度インクを紙に付着すると固定される本の上の文字と違って、電子処理され「図像」化された文字情報は何回でも再生可能である。その機会費用は本に比べ抜群に優れている。高級車に特化したトヨタの比較優位が役に立たなくなったことがトヨタの経営危機の原因であったように、「贅沢品」の本に特化することの比較優位は、電子書籍を前に役に立たなくなったのがKindle2の登場である。「低価格・低品質」の電子書籍をつくらないと、かつて「半紙と筆」が輪転機に駆逐されたように、電子デバイス(書籍)は世界市場から駆逐されるだろう。(既に、そうではあるが)
ただ、仲 俣 暁 生氏のように「電子的なデバイスで書籍のコンテンツが流通する日が日本でもやってくると思うし、そのような時代の到来を私はどちらかといえば願っている」と一応肯定的に振舞う人が、Kindle2といった電子書籍端末を「本の代用品」としか理解しえないというのは困ったものである。インターネットや通信といった情報網は単に情報インフラではなく、社会インフラであり、産業インフラでもある。そこに接続された端末が「本」としてパフォーマンスする。この現実を前に「本の代用」なんて発想することに限界がある。永遠に閉じられることのない「本」、ボルヘスの夢が現実となったとき、完結された「本」という概念が夢となったのだ。だから「本」に固執する人は夢遊病者である。夢遊病者に現実はない。現実がなければ夢はない。それを悪夢というのであれば、仲 俣 暁 生氏という悪夢につき合わされている人は悲惨ということ、か。
ベーシック・インカム構想は、おもろいぞ!
2009年02月09日
いやー、ついに来ました「エルピーダメモリ、公的資金の活用「申請検討したい」 だって!ここでいう公的資金とは、経済産業省が産業再生法にもとずいて、「業績の回復が見込まれるものの負債が大きく、銀行からの新規融資や社債発行が困難になっている企業。資本増強により信用を補完し資金調達を支援する」というもの。金融システムの維持を目的とした公的資金が、いつしか、こうして拡大し、お次はJALですよ!その前に、エルピーダメモリで様子を見ておこうって魂胆でしょう。市場で資金調達しろよ。できない。だったら、なんのための民事再生法だんだよ。自分たちの意のままになる金をよこせ、という趣旨はいくらねんでもね、酷い。これでは市場も民主主義も、ヘチマもあったもんじゃない。
ところで、農林中金。3月期増資1.6兆円とのこと。JAバンクグループから調達し、元農林水産事務次官の上野博史理事長は引責辞任だと。互助会のことだから、勝手にしろ!だけど、それにしてもJAバンクグループというのも懲りない人たちなんだね。住専で失敗し、今度も、失敗、そのつど、その負けっぷりは拡大、やがて消滅は、これ請け合い。裁量行政の典型だ。
この裁量行政との兼ね合いでいえば、評判の悪い「定額給付金」って、本当にダメなの。これ、公的資金や補助金とは違って、官僚の裁量によらない、個々人の判断でなんとでもなるという意味で、減税と同じ効果がある。ただ、給付額が少ないのが不満なのと、将来の増税が頭にチラツクという点で嫌な感じがするのは確か。でも、官僚の裁量が及ばないという点では、ずっと、ずっと、マシ!
そこで、「定額給付金」をもっと拡大し考えたらどうなる!ベーシック・インカムってのが、ここんとこ話題になってるみたい。生活に最低限必要な所得を全ての個人に無条件で支給し、『万人の真の自由』と生存権を保証するというものらしい。最低限所得保障の一種で、これまでの所得保障とは三つの点で大きく異なる。
1. 世帯というよりむしろ個人に対して支払われる。
2. ほかにどのような所得があるかということとは無関係に支払われる。
3. これまで就いてきた仕事のパフォーマンスや、職業安定所などで提示される仕事への諾否とは
無関係に支払われる。
官僚の裁量によらないという点が、なにより素晴らしい!取り合えず、参考までに(1)(2)
ところで、農林中金。3月期増資1.6兆円とのこと。JAバンクグループから調達し、元農林水産事務次官の上野博史理事長は引責辞任だと。互助会のことだから、勝手にしろ!だけど、それにしてもJAバンクグループというのも懲りない人たちなんだね。住専で失敗し、今度も、失敗、そのつど、その負けっぷりは拡大、やがて消滅は、これ請け合い。裁量行政の典型だ。
この裁量行政との兼ね合いでいえば、評判の悪い「定額給付金」って、本当にダメなの。これ、公的資金や補助金とは違って、官僚の裁量によらない、個々人の判断でなんとでもなるという意味で、減税と同じ効果がある。ただ、給付額が少ないのが不満なのと、将来の増税が頭にチラツクという点で嫌な感じがするのは確か。でも、官僚の裁量が及ばないという点では、ずっと、ずっと、マシ!
そこで、「定額給付金」をもっと拡大し考えたらどうなる!ベーシック・インカムってのが、ここんとこ話題になってるみたい。生活に最低限必要な所得を全ての個人に無条件で支給し、『万人の真の自由』と生存権を保証するというものらしい。最低限所得保障の一種で、これまでの所得保障とは三つの点で大きく異なる。
1. 世帯というよりむしろ個人に対して支払われる。
2. ほかにどのような所得があるかということとは無関係に支払われる。
3. これまで就いてきた仕事のパフォーマンスや、職業安定所などで提示される仕事への諾否とは
無関係に支払われる。
官僚の裁量によらないという点が、なにより素晴らしい!取り合えず、参考までに(1)(2)
久しぶりに皆が喜べるニュースだ!
2009年02月07日
JASRACに公取委が排除命令へ、新規参入を阻害
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20090207-OYT1T00030.htm
この調子で価格維持制度も頼む!
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20090207-OYT1T00030.htm
この調子で価格維持制度も頼む!
新札発行は、日本政府によるデフォルト計画?!
2009年02月06日
以下のような話が・・・・・・
■
さて、2004年、新札発行の際に政府が新札と旧札の交換比率を設定し、ATMを利用して、国民金融資産の何割かを国庫に没収し、財政危機を乗り切ろうとしていた、ということは、記事NO.682に書きました。財政状況は2004年に比べて一段と悪化しています。政府発行紙幣の本当の狙いは、預金封鎖ではないか、と私は考えています。景気対策と称して、政府紙幣を刷り散らし、国民にバラ蒔くような話も伝わっていますが、政府の本当の考えは別のところにあるのではないでしょうか。
日本の財政がかなり危なくなって以来、やるやると噂されてやらなかった、預金封鎖。今度こそ本当に預金封鎖は有ると思います。日本銀行券を使えなくしておいて、政府発行紙幣と強制的に交換させ、日本国の財政危機を乗り切ろうとしているのではないでしょうか。日銀券と政府紙幣の両方の紙幣が同時に流通するなどということは、現実として考えにくいと思います。問題はそれをいつやるか、ということでしょう。恐らく、政権は吹っ飛ぶ。責任をとって総辞職させられるのは果たして誰でしょうか。日本国債をわざとデフォルトさせて金融危機を演出するのは、ほかならぬ日本政府です。政府にとって都合の悪い政権とは官僚の言いなりにならない人。あとは皆さんが想像してみてください。
政府発行紙幣は、日本政府による 「計画倒産」 のにおいがします。財政当局は、二進も三進もいかなくなった現状を打開するために、リセットするための方策を画策しているように思えてなりません。
■
http://wanderer.exblog.jp/
■
さて、2004年、新札発行の際に政府が新札と旧札の交換比率を設定し、ATMを利用して、国民金融資産の何割かを国庫に没収し、財政危機を乗り切ろうとしていた、ということは、記事NO.682に書きました。財政状況は2004年に比べて一段と悪化しています。政府発行紙幣の本当の狙いは、預金封鎖ではないか、と私は考えています。景気対策と称して、政府紙幣を刷り散らし、国民にバラ蒔くような話も伝わっていますが、政府の本当の考えは別のところにあるのではないでしょうか。
日本の財政がかなり危なくなって以来、やるやると噂されてやらなかった、預金封鎖。今度こそ本当に預金封鎖は有ると思います。日本銀行券を使えなくしておいて、政府発行紙幣と強制的に交換させ、日本国の財政危機を乗り切ろうとしているのではないでしょうか。日銀券と政府紙幣の両方の紙幣が同時に流通するなどということは、現実として考えにくいと思います。問題はそれをいつやるか、ということでしょう。恐らく、政権は吹っ飛ぶ。責任をとって総辞職させられるのは果たして誰でしょうか。日本国債をわざとデフォルトさせて金融危機を演出するのは、ほかならぬ日本政府です。政府にとって都合の悪い政権とは官僚の言いなりにならない人。あとは皆さんが想像してみてください。
政府発行紙幣は、日本政府による 「計画倒産」 のにおいがします。財政当局は、二進も三進もいかなくなった現状を打開するために、リセットするための方策を画策しているように思えてなりません。
■
http://wanderer.exblog.jp/
朝日新聞という病
2009年02月06日
普段、間違っても朝日新聞社の社説を読むことはないのだけど、掲示板を見ていたら次のようにあってので見てみた。「ネットの中傷―表現の舞台を汚す卑劣さ」と題され、ネットでの誹謗・中傷による「被害」が列挙されている。確かに、ネットにそういう面はあるのだろう。ただ、そうだとすれば、新聞社の書く記述はどうだったのか。松本サリン事件、朝日新聞は、「発信には責任が伴う。だれかを根拠もなくののしる行為はまっとうな意見表明とは異なる。批判するならば、事実にもとづいて自分の考えを冷静に伝える。そんな慣習が、急速に拡大したネット社会にはまだ根づいていない」と批判しうる立場にあるのだろうか、『疑問』だ。更に、サイト上の無責任な書き込みの「背景にあるのは、名乗らずに発信できるネット社会の特性だろう。だが、自分だけは姿の見えにくい場所に立って、一方的に悪口を浴びせたり事実に反する書き込みをしたりするのは、あまりにも卑劣ではないか」という認識があるのなら、この記述自体はどうなのだろう。朝日新聞の誰が記述したのか、是非、名前を書いて欲しい。自分にできない、行っていないことを相手に要求する態度こそ、もし、そういたいのならよっぽど「卑劣」というのではないか。恐れ入ります。
さて、よくネット上での遣り取りに「匿名」であることが批判される。しかし、もし、匿名が批判されるのであれば選挙はどうだろう。選挙における「匿名」もまた非難されることになるのだろうか。選挙では、匿名が、「自由意志」にもとずく公正さを担保する。もし、著名ならば、誰が誰に投票したかが分かってしまい、投票行為における「自由」意思は毀損されてしまうだろう。それでは代表議会制・民主主義というシステムは機能しなくなる。紙に、自由に候補者の名前を記述する。あるいは、無記名投票する。または、投票しない。著名であれば、個々人の自由な表現行為は妨げられてしまうことは、選挙を考えれば分かる。かように自由な、個々人の意思に基ずく行動とは、村社会(共同体)的合意に反する行為が積極的に擁護されてこそ機能しうる。自由な個々人の行為が担保されない、村社会(共同体)的合意に基ずく社会の姿が、現在の北朝鮮であれば、それを肯定する気にはなれないとういのが、ごく真っ当な認識だと、俺は、思う。
朝日新聞は、赤字である。それだけ、読まれていない。ネットに読者が奪われた。だから、ネットを目のたたきにして非難するのであれば、大人気ない態度だろう。もう。時代は変わったのだ。記者クラブでのコンセンサス(村的合意)によって、言論の流通を規制する、その裁量行政的な、天下り的発想によって製造された記載は売れないのだ。それが、現実である。その現実を直視できず、未だに、リンクはおろか、ネット上の記事は消去される。人に向かって説教する暇があるのだろうか。時間は、それでも、経過している。
さて、よくネット上での遣り取りに「匿名」であることが批判される。しかし、もし、匿名が批判されるのであれば選挙はどうだろう。選挙における「匿名」もまた非難されることになるのだろうか。選挙では、匿名が、「自由意志」にもとずく公正さを担保する。もし、著名ならば、誰が誰に投票したかが分かってしまい、投票行為における「自由」意思は毀損されてしまうだろう。それでは代表議会制・民主主義というシステムは機能しなくなる。紙に、自由に候補者の名前を記述する。あるいは、無記名投票する。または、投票しない。著名であれば、個々人の自由な表現行為は妨げられてしまうことは、選挙を考えれば分かる。かように自由な、個々人の意思に基ずく行動とは、村社会(共同体)的合意に反する行為が積極的に擁護されてこそ機能しうる。自由な個々人の行為が担保されない、村社会(共同体)的合意に基ずく社会の姿が、現在の北朝鮮であれば、それを肯定する気にはなれないとういのが、ごく真っ当な認識だと、俺は、思う。
朝日新聞は、赤字である。それだけ、読まれていない。ネットに読者が奪われた。だから、ネットを目のたたきにして非難するのであれば、大人気ない態度だろう。もう。時代は変わったのだ。記者クラブでのコンセンサス(村的合意)によって、言論の流通を規制する、その裁量行政的な、天下り的発想によって製造された記載は売れないのだ。それが、現実である。その現実を直視できず、未だに、リンクはおろか、ネット上の記事は消去される。人に向かって説教する暇があるのだろうか。時間は、それでも、経過している。
ピークオイルを意識して
2009年02月02日
日経に「米SEC、25年ぶり原油埋蔵量評価を変更 オイルサンドも加算」とあるが、これはピークオイルを意識してのことだろう。石油を基幹とした大量生産・大量消費型の文明は石油を中心に運営されてきた。その石油が枯渇に向かえばこの形の文明を持続していくことは困難である。この困難の解決には、石油に代わるエネルギーを基幹とした文明が模索されなくてはならない。そこで槍玉にあげられたのがCO2であり、これが地球温暖化をもたらしている。地球温暖化を抑制するにはCO2を削減しなくてはならない。それには石油消費量を減らし代替エネルギーにシフトさせる必要があった。だが、CO2と地球温暖化との因果関係は確定できない。だから、こんな苦しい話も製造される。「温室効果ガスの抑制や排出削減に成功したとして、地球温暖化は避けられないとする従来の考え方とはまったく異なる論文を気象学の世界的権威のスーザン・ソロモン博士が米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載」。要は、温暖化が問題なのではなく、温暖化を口実に石油に代わるエネルギー(動力源)が欲しい。その資金源確保のためにCC2排出権市場を作った。いってみればそれだけのことだろう。この間、自動車産業は基幹産業ではなくなった。大量生産・大量消費型の文明の申し子ともいえる拡張路線の推進役だった投資銀行は「銀行」の影にまんまと逃げ隠れた。現在、石油を中心とした産業経済社会は急速に縮小の方向に向かっている。これら一連の動きは、いわば、石油の上に築かれた近代文明が足元から瓦解していることと関連していよう。そう考えたならば、今後の経済社会は、現在のような変動の激しい状況が、異状ではなく、いわば、常態となると考えるのがいいのかもしれない。
Googleで検索:警告が表示される
2009年02月01日
Googleで検索→警告-このウェブサイトにアクセスするとコンピュータに損害が生じる可能性があります。 そんな表示がされる。

最近、つとにGoogleはノイズが多いという話をよく耳にしていた。だから、上記のような事態に遭遇しても慌てることはなかったが、実際にこうなると、やはり限界に来ているということを実感する。クラウド化する状況のなかで、どこがリードするのか、そんなことをいってもにわかに理解されるかたは少ないとは思うが、Google安泰ということにはどうもならないようだ。この分では、検索エンジンGoogleがセマンティックウェブに進化することはないだろう。(追記)Googleが壊れた。インターネット全体をマルウェアと判定

最近、つとにGoogleはノイズが多いという話をよく耳にしていた。だから、上記のような事態に遭遇しても慌てることはなかったが、実際にこうなると、やはり限界に来ているということを実感する。クラウド化する状況のなかで、どこがリードするのか、そんなことをいってもにわかに理解されるかたは少ないとは思うが、Google安泰ということにはどうもならないようだ。この分では、検索エンジンGoogleがセマンティックウェブに進化することはないだろう。(追記)Googleが壊れた。インターネット全体をマルウェアと判定
YAMAGATA Hiroo氏の官僚擁護による、処世、ダサ!
2009年01月31日
YAMAGATA Hiroo氏のここを読む限り、官僚を擁護し「いじめるだけでは官僚は逃げる」という。「天下り禁止をはじめとして最近とみにきつくなった官僚いじめは、やめるべきだと思うのだ」。そう思うのは勝手でしょう。が、「べき」といったとき、それは誰が誰に向けた「義務」なのか。少なくとも、お金を払って本を買い、プロバイダーにお金を払ってネットを閲覧している人が、YAMAGATA Hiroo氏から「義務」を負う理由はない。そんな配慮を欠いた人がお勤めの野村総合研究、「売上高は前年同期比0.6%増の2512億800万円、経常利益は同5.9%減の391億5200万円」をどのように評価するかは株主が決めればいい話ではある。でも、こちらはどうだろう。野村ホールディングスは、2009年3月期第3四半期(08年4~12月)の決算を発表、四半期純損失は4923億円(前年同期860億円の黒字)と大幅な赤字。散々な負けっぷりは、お見事です。人に向かって説教をするより前に、もう少し、自分の足元を見渡してみてはどうだろう。
さて、YAMAGATA Hiroo氏の官僚擁護の根拠は、次のようです。
おー、日本の官僚もなめられたものです。日本政府を途上国と比較して「優秀」というのだから、恐れ入ります。少なくとも日本は1964年にOECD加盟国している。OECDの目的にはこうある。「OECDは、先進国間の自由な意見交換・情報交換を通じて、1)経済成長、2)貿易自由化、3)途上国支援(これを「OECDの三大目的」といいます)に貢献することを目的としています」。日本は先進国であって、恐らくYAMAGATA Hiroo氏のように途上国と比較できるほど、日本を途上国と認識している人は珍しいのではないか。YAMAGATA Hiroo氏の時代認識というのは古色蒼然としたままなんですね。その時代錯誤ぶりには、ビックリ!日本は先進国であるというのは事実であり、むしろ、課題はこのままの現状では先進国に残れないのではないかという懸念があり、その懸念を払拭するための方策を検討しよう。その足かせに官僚による裁量があり、身動きがとれない。その拘束が自由な経済行為を妨げ、強いては潜在的成長性の芽が摘み取られている。それが、「失われた15年」であり、このままいけば「失われた」まま失速する。
経済が失速すれば税収は減る。減った税収を確保するために国債を発行する。国債を発行すれば償還しなければならない。それだけ未来の納税者の負担が増す。少子化が進行しているなかでは、今以上に負担が未来の世代に課せられる。
「仕事はもっと増やせ、しかもいい仕事をしてもろくに感謝もされず」というけど、一体、感謝されたくて仕事する人って誰なの。感謝されないから、どうだっていうんだ。子供じゃないんだぜ。子供は、パパ、ママに承認されたい、承認されては更なる課題を与えられ、更に、承認されるまで悪戦苦闘する。そうやって成長していく。だけど、何度でも言うが、日本は途上国ではなく先進国である。いつまでも子供じゃないんだ!YAMAGATA Hiroo氏は、そうやって自分以外を子供扱いしては、「親」として君臨し、それでは人が離れていく(本の印税がなくなる)とヤバイからだろう、そのマッチョ振りを目先誤魔化すために「ためくち」文章を量産しては人に媚びる。が、それもこれも「つもり」でしかないため、やたら「権威」を(これも張子の虎)でしかないがクルッグマンを持ち出し、持ち出したクルッグマンを壁に身を隠す。これでは自立できず親の後ろに隠れる子供と同じ。そんなにクルッグマンがお好きなら、クルッグマンに匹敵するだけの仕事を残したらいい。無論、クルッグマンの提唱どおりに政策をすすめればアメリカもドボン!になるだけですけど。
一言:税金とは所得の強制的移転です。それだけ、所得者の裁量の自由が毀損される制度が官僚制度である。納税額以上の恩恵を多くのものが受けているというのは、公共事業である戦争及び、その代償でしかない開発経済(搾取経済)を遂行すODAの恩恵にすがる人のいうことである。生活補助の適応からはずされた人が自殺する、そんな事件が福岡であったが、この事件も官僚の裁量によって強いられたものである。官僚を擁護するというのは、結局、「親=官僚」離れできないガキの処世術でしかない。極力官僚の裁量の余地を無くす方向に努力することでバランスをとらなければ、再び、日本は官僚の犠牲になるだけだ。その徴候は、いうまでもない、このYAMAGATA Hiroo氏の官僚擁護による、処世であろう。(参考)谷公士氏の反乱 - 池田信夫
さて、YAMAGATA Hiroo氏の官僚擁護の根拠は、次のようです。
(引用始め)
ぼくは、官僚に力がなく政府機構がボロボロな途上国をあちこちで見ている。かれらの利権漁りや不正や汚職ぶり、そして無能ぶりは、それはそれはひどいものだ。ここに日本の官僚たちがいたら、とため息をつくことも二度や三度ではない。役人がひどいからそうした国はいつまでたっても停滞したままだったりする。
また官僚の優劣は、確実に国の行政サービスの優劣にはねかえってくる。多くの人は海外出張から日本に帰ってきて、その各種制度やサービスの優秀さに涙したおぼえがあるだろう。その相当部分は、日本の官僚たちや役人たちが優秀で、それなりの仕事をしてくれているおかげでもある。
(引用終わり)
おー、日本の官僚もなめられたものです。日本政府を途上国と比較して「優秀」というのだから、恐れ入ります。少なくとも日本は1964年にOECD加盟国している。OECDの目的にはこうある。「OECDは、先進国間の自由な意見交換・情報交換を通じて、1)経済成長、2)貿易自由化、3)途上国支援(これを「OECDの三大目的」といいます)に貢献することを目的としています」。日本は先進国であって、恐らくYAMAGATA Hiroo氏のように途上国と比較できるほど、日本を途上国と認識している人は珍しいのではないか。YAMAGATA Hiroo氏の時代認識というのは古色蒼然としたままなんですね。その時代錯誤ぶりには、ビックリ!日本は先進国であるというのは事実であり、むしろ、課題はこのままの現状では先進国に残れないのではないかという懸念があり、その懸念を払拭するための方策を検討しよう。その足かせに官僚による裁量があり、身動きがとれない。その拘束が自由な経済行為を妨げ、強いては潜在的成長性の芽が摘み取られている。それが、「失われた15年」であり、このままいけば「失われた」まま失速する。
経済が失速すれば税収は減る。減った税収を確保するために国債を発行する。国債を発行すれば償還しなければならない。それだけ未来の納税者の負担が増す。少子化が進行しているなかでは、今以上に負担が未来の世代に課せられる。
「仕事はもっと増やせ、しかもいい仕事をしてもろくに感謝もされず」というけど、一体、感謝されたくて仕事する人って誰なの。感謝されないから、どうだっていうんだ。子供じゃないんだぜ。子供は、パパ、ママに承認されたい、承認されては更なる課題を与えられ、更に、承認されるまで悪戦苦闘する。そうやって成長していく。だけど、何度でも言うが、日本は途上国ではなく先進国である。いつまでも子供じゃないんだ!YAMAGATA Hiroo氏は、そうやって自分以外を子供扱いしては、「親」として君臨し、それでは人が離れていく(本の印税がなくなる)とヤバイからだろう、そのマッチョ振りを目先誤魔化すために「ためくち」文章を量産しては人に媚びる。が、それもこれも「つもり」でしかないため、やたら「権威」を(これも張子の虎)でしかないがクルッグマンを持ち出し、持ち出したクルッグマンを壁に身を隠す。これでは自立できず親の後ろに隠れる子供と同じ。そんなにクルッグマンがお好きなら、クルッグマンに匹敵するだけの仕事を残したらいい。無論、クルッグマンの提唱どおりに政策をすすめればアメリカもドボン!になるだけですけど。
一言:税金とは所得の強制的移転です。それだけ、所得者の裁量の自由が毀損される制度が官僚制度である。納税額以上の恩恵を多くのものが受けているというのは、公共事業である戦争及び、その代償でしかない開発経済(搾取経済)を遂行すODAの恩恵にすがる人のいうことである。生活補助の適応からはずされた人が自殺する、そんな事件が福岡であったが、この事件も官僚の裁量によって強いられたものである。官僚を擁護するというのは、結局、「親=官僚」離れできないガキの処世術でしかない。極力官僚の裁量の余地を無くす方向に努力することでバランスをとらなければ、再び、日本は官僚の犠牲になるだけだ。その徴候は、いうまでもない、このYAMAGATA Hiroo氏の官僚擁護による、処世であろう。(参考)谷公士氏の反乱 - 池田信夫
ロシア、凄い!
2009年01月30日
[モスクワ 30日 ロイター] ロシア中央銀行のイグナチェフ総裁は30日、ロシアは保有していた米国のエージェンシー債をすべて売却した、と明らかにした。
2008年11月1日時点で、ロシアが保有していた連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ) (FNM.N: 株価, 企業情報, レポート)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)(FRE.N: 株価, 企業情報, レポート) の債券は209億ドルで、08年初めの656億ドルから大幅に縮小していた。
2008年11月1日時点で、ロシアが保有していた連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ) (FNM.N: 株価, 企業情報, レポート)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)(FRE.N: 株価, 企業情報, レポート) の債券は209億ドルで、08年初めの656億ドルから大幅に縮小していた。
増殖される官僚!天下り政策炸裂
脱「自動」車社会と、超伝導
2009年01月24日
普通、自動といったとき、それは、洗濯機や炊飯器といった、その場を離れひとが手を加えなくてもいいことを指すとすれば、自動車といったときの「自動」は自動とは到底思えない。ハンドルに手を添えなくてはならないし、足はアクセルやブレーキを踏む、そうやって、片時もその場を離れてることはできず、常に身体は拘束されている。それを「自動」というのは事実誤認だろう。そういった幻想のためだろうか、自動車による事故は絶えない。というより、自動車があることが社会にとって事故であるようにさえ思える。(自動車のように事故を多発して平気でいられる産業って他にある?)。これだけすぐれて手動で、足さえも使う乗り物を「自動」、「自動」といって憚らない状態が異常だった。それでも「自動」車を語るとなれば、少なくとも手足の自由が確保される電車やバスのほうが、少なくとも乗客にとっては「自動」車といえそう。そこでは本は読めるし、音楽も聴け、眠ければ寝ることさえできてしまう。混んでさえいなければずっと気楽!でも、混雑といえば事情は車だって同じ。日中の渋滞は辛い。しかも、電車とは違って移動が伴わない混雑ではいたずらに時間が消費され、計画も立ちにくい。それでも、「自動」車が好きなひとがいる。それでいい。でも、「自動」車が売れないといった記事にふれると、申し訳ないが、嬉しくなる。「自動」という幻想を社会にばら撒いてまわる車が減少することは喜ばしいことに思えてならない。
それでは脱「自動」車社会とはどのような社会なのだろうか。そんなことを考えるヒントになるかもしれないのが「超伝導」とか。高温超伝導ができれば、アフリカの砂漠で太陽光発電して世界に送電可能とのこと。なんでも、サハラ砂漠にふりそそぐ太陽エネルギーは、人類が消費している全エネルギーの数十倍で、発電効率が10%でもすべてのエネルギーがまかなえるという。で、高温超伝導で送電して20kmごとに液体窒素製造施設を作っても50%の効率でかなり遠くまで送電できる。サハラの砂でシリコン作って、太陽光発電で工場動かせば、自己増殖式で増やしていける。ついでに砂漠緑化も行えるとも。
昨今の不景気な話につき合わされるより、よっぽど面白い。近く、日本でもリニア・モーター・カーが登場するというから、まず日本国内で実験的にやってみたらどうなんだろう。
それでは脱「自動」車社会とはどのような社会なのだろうか。そんなことを考えるヒントになるかもしれないのが「超伝導」とか。高温超伝導ができれば、アフリカの砂漠で太陽光発電して世界に送電可能とのこと。なんでも、サハラ砂漠にふりそそぐ太陽エネルギーは、人類が消費している全エネルギーの数十倍で、発電効率が10%でもすべてのエネルギーがまかなえるという。で、高温超伝導で送電して20kmごとに液体窒素製造施設を作っても50%の効率でかなり遠くまで送電できる。サハラの砂でシリコン作って、太陽光発電で工場動かせば、自己増殖式で増やしていける。ついでに砂漠緑化も行えるとも。
昨今の不景気な話につき合わされるより、よっぽど面白い。近く、日本でもリニア・モーター・カーが登場するというから、まず日本国内で実験的にやってみたらどうなんだろう。
大学教授!?の、哀れな物乞いはお幾らですか
2009年01月21日
「南日本銀行が公的資金申請検討、新金融強化法で2例目」だそうで、これからも、この手の話は出てくるだろう。以前、以下のように書いた。
この「転化」は山崎 元氏が指摘するように、以下のように転化されもしよう。
さて適切な「処置」を行う当事者である中川昭一財務・金融担当相はどのように語っているか。「これをきっかけに健全行がこのスキームを利用することについて、金融機能の使命を果たす意味でやってほしい」とのこと。さて、ごくマトモニ考えて「健全行」がどうして公的資金(税資源)を必要とするのか、俺には理解に苦しむ。健全ではないから公的資金(税資源)を必要とするというのが論理的思考であろう。そこにあるのは「中小企業向け融資を隠れ蓑」に「日ごろの膿を買い取ってもらう千載一遇のチャンスとばかりに金融機関は申請しだす」、そんな醜い事態である。ただ、ここには、醜さを、醜さとは感じさせず人々を麻痺させる伏線が常に「美談」として横たわっている。「危機を煽り、煽った危機で人を脅し、これぞ解決策と正義の御旗を振る」。その解決策が「経営責任」をともなわないスキーム、すなわち「公的資金=税資源」をばら撒く、形をかえたばら撒き予算ではないか。
そうだとすると、例えば、以下のような議論にはどれだけの説得力があるのだろうか。
日本経済が総需要不足だったかどうか、その議論は一旦横に置く。その上で、総需要不足を補う「公的資金=税資金」をばら撒く。そのばら撒きの金利が、彼らのいうところの「0金利」(日銀)だったとしよう。そうしてここに温存されるものはなにかを考えてみる。考えてみるまでもない。「経営責任」をともなわないスキームが残り、責任を問わない(問われない)政府がはびこるだけではないのか。だとすると、理屈はどうであれ、やはり、総需要サイドを強調する人々というのは、自らが供給しようにも「買い手」がつかないつまらないモノを売っていて、売れないものだから売りつけよと躍起になって政府支援を要求する、そんな自立できない幼稚な人だということにならないのだろうか。それは、本人も自覚してるようですね。
少子化にともない学生の数が減る。学生のいない空箱。そこに、公的資金=税資金を使う?!「転職を考えよう!」、きっと、大学で研究に励まれているような、立派なお方ならば、それはそれは、ヒクテあまたでしょう。健闘をお祈りします。古書いじりというのは、それなりの金銭的余裕のある者が、利害を超えてやるもの。余裕のないものは古書いじりなどせず、切磋琢磨するより仕方ない。それが、現実であろう。政府に物乞いでは、いやはや、そんなことを教え込まれた未来の子供は悲惨じゃないか、そう俺は思う。
公的資金=税資源を使って、日ごろの膿を買い取ってもらう千載一遇のチャンスとばかりに金融機関は申請しだす。それ以外の会社は金融機関に膿を吸い取ってもらえばいい。企業内部では労働組合が賃上げ要求。これらの皺寄せは派遣労働者といった組織を持たない個人に転化される。
この「転化」は山崎 元氏が指摘するように、以下のように転化されもしよう。
(引用始め)
報道されているとおり、北洋ホールディングス自体にそもそも資本のニーズがあるかもしれないし、第二地方銀行最大手で、財務体質が比較的健全な同行が申請すれば、昨年12月に成立した新・金融機能強化法に基づく公的資金申請を他行もしやすくなることは効果として存在するのだろう。
だがその一方で、中小企業向け融資を隠れ蓑にして(つまり資本が弱くなると、中小企業向けの融資を剥がさざるを得ないというロジックを利用して)経営の失敗を埋めるための資本増強に走る金融機関が出てくる恐れがある。しかも先週末のNHKのニュースが妙に丁寧に説明していたが、過去とは違い、今回は公的資金注入を申請しても、経営責任は問われないことになっている。この制度は、悪用される可能性がある。
そもそもリスク管理が本業である銀行において、経営責任と無縁のアセット悪化など有り得ない。たとえば、新銀行東京の財務内容の悪化や農林中金の運用失敗には明らかに経営責任が伴う。銀行は潰せないというならば、もっと公的な管理を強化すべきだし、危ない証券投資や投資銀行業務はインフラとしての銀行から切り離す必要がある。
バッドアセットだけでなく、バットピープル、あるいはバッドビジネスについても適切な「処置」が必要な点は、日本も米国も同じだ。
http://diamond.jp/series/yamazaki/10064/?page=4
(引用終わり)
さて適切な「処置」を行う当事者である中川昭一財務・金融担当相はどのように語っているか。「これをきっかけに健全行がこのスキームを利用することについて、金融機能の使命を果たす意味でやってほしい」とのこと。さて、ごくマトモニ考えて「健全行」がどうして公的資金(税資源)を必要とするのか、俺には理解に苦しむ。健全ではないから公的資金(税資源)を必要とするというのが論理的思考であろう。そこにあるのは「中小企業向け融資を隠れ蓑」に「日ごろの膿を買い取ってもらう千載一遇のチャンスとばかりに金融機関は申請しだす」、そんな醜い事態である。ただ、ここには、醜さを、醜さとは感じさせず人々を麻痺させる伏線が常に「美談」として横たわっている。「危機を煽り、煽った危機で人を脅し、これぞ解決策と正義の御旗を振る」。その解決策が「経営責任」をともなわないスキーム、すなわち「公的資金=税資源」をばら撒く、形をかえたばら撒き予算ではないか。
そうだとすると、例えば、以下のような議論にはどれだけの説得力があるのだろうか。
(引用始め)
そんなことはここ十数年の日本の長期停滞を素朴に観察すれば自明である。そもそも雇用の流動化をすすめる政策が、総需要不足である日本経済への正しい処方箋であった理論的可能性はないといっていい(『構造改革論の誤解』参照)。
http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20090107#p3
(引用終わり)
日本経済が総需要不足だったかどうか、その議論は一旦横に置く。その上で、総需要不足を補う「公的資金=税資金」をばら撒く。そのばら撒きの金利が、彼らのいうところの「0金利」(日銀)だったとしよう。そうしてここに温存されるものはなにかを考えてみる。考えてみるまでもない。「経営責任」をともなわないスキームが残り、責任を問わない(問われない)政府がはびこるだけではないのか。だとすると、理屈はどうであれ、やはり、総需要サイドを強調する人々というのは、自らが供給しようにも「買い手」がつかないつまらないモノを売っていて、売れないものだから売りつけよと躍起になって政府支援を要求する、そんな自立できない幼稚な人だということにならないのだろうか。それは、本人も自覚してるようですね。
(引用始め)
赤間さんのブログは一貫して大学問題を扱っていてるが、今日のエントリーはそのような今日の日本の最大の悪といえる雇用流動化論が、大学に極端に用いられたらどうなるか? を示す素材を提供している。
(引用終わり)
少子化にともない学生の数が減る。学生のいない空箱。そこに、公的資金=税資金を使う?!「転職を考えよう!」、きっと、大学で研究に励まれているような、立派なお方ならば、それはそれは、ヒクテあまたでしょう。健闘をお祈りします。古書いじりというのは、それなりの金銭的余裕のある者が、利害を超えてやるもの。余裕のないものは古書いじりなどせず、切磋琢磨するより仕方ない。それが、現実であろう。政府に物乞いでは、いやはや、そんなことを教え込まれた未来の子供は悲惨じゃないか、そう俺は思う。
多くの人にとってお金の運用は、仕事でも趣味でもない。
2009年01月19日
札幌北洋ホールディングスが新金融強化法初の公的資金申請へと、日経で見る。金融・実体経済の悪化がウンヌンされる。けど、本当なの?今日、買い物をした。本屋でも、雑貨屋でも、列を並ばなければレジを済ますことは出来なかった。昨日は友人と飲んだ。人がいなかった。不景気か。時間が早かっただけで、やがて続々と客は訪れ、気がつけば店内は満員だった。これで、本当に、危機なの?何かがおかしい。いつものオヤクソクではないか?危機を煽り、煽った危機で人を脅し、これぞ解決策と正義の御旗を振るダサい身振り!ダイタイにして、貸借対照表は、予想に基づいて作る。だからいくらでも操作可能。だとすると、公的資金=税資源を使って、日ごろの膿を買い取ってもらう千載一遇のチャンスとばかりに金融機関は申請しだす。それ以外の会社は金融機関に膿を吸い取ってもらえばいい。企業内部では労働組合が賃上げ要求。これらの皺寄せは派遣労働者といった組織を持たない個人に転化される。
麻生氏は消費税導入を語る。これで選挙をすれば不利になることは誰にでも理解できる。それでも消費税を強行するとなれば、一体、誰に吹き込まれてのことなのか。自民党敗北-内部分裂、民主党と連立を模索=大連立って筋書き=脚本は三文オペラもおもわず赤面、読売新聞のダサい能書きだろう。大連立ってファシズムのことでしょう。挙国一致内閣。そんな独裁を望むのは、恐らく、売れなくなった商品を乱造してるお馬鹿な集団だけだろう。そういえば、今日、読売新聞の販売員が来た。人の家にまでモノを売りに来るのはやめて欲しい。丁重にお断りした。一応、抵抗したが引き下がった模様。でも、1時間後。再び、同じ販売員がやってきた。ウチの者は呆れ、「こんな非常識な新聞社の商品なんか触りたくない!サヨウナラ」。俺は、横で笑ってた。
さて、さて、ここで本を一冊紹介。普段、この手の本はめったに読まないのがだ、それでもこの本『超簡単 お金の運用術』(山崎 元著)は読みたくなって購入。実に有意義な一冊!如何に、金融業者があざとく、せこくユーザーからザヤを掠め取っているか、間違っても、サービスの対価でないかがよく分かる。金融業者ほど、この本を読むことをお勧めする。熱く冷静に戦いを挑んでいる。700円!価格破壊!アドバイザー料金はこれでバブルとなった。この本をこの価格で購入することが、俺にとっては(恐らくあなたにとっても)スゲー『超簡単 お金の運用術』になっている。看板に偽りはない。それでも、ホント、なんか心配。そんな向きの方は、まず、この記事を読んで確認してみてはどうだろう。例えば、こんな件・・・・
多くの人にとってお金の運用は、仕事でも趣味でもない。敢えて言えば、金融「商品」なのだから買い物だろう。お買い物をするのに「重たい」感じなんて敬遠される。ところで、経済学はどうだろう、か。経済学という学問、俺には、とっても「重たい」感じ。だから、つい敬遠したくなる。そういえば、こんな珍事件があったけっ!
経済学でお金儲けはできないという。それはいいとしよう。けど、損はしたくない。駒澤大学(経済学部がある)は、自身が購入した金融商品で損をした。経済学って、どんな学問なんだ?得はないが、損することはある。合理的に考えれば回避行動をとるだろう。でも、事実は違う。とすると、損をしても大丈夫な程度に損をすればいい。必要以上に欲を出すと、欲の分だけ損をする。その匙加減が難しい、そんなところですか?
麻生氏は消費税導入を語る。これで選挙をすれば不利になることは誰にでも理解できる。それでも消費税を強行するとなれば、一体、誰に吹き込まれてのことなのか。自民党敗北-内部分裂、民主党と連立を模索=大連立って筋書き=脚本は三文オペラもおもわず赤面、読売新聞のダサい能書きだろう。大連立ってファシズムのことでしょう。挙国一致内閣。そんな独裁を望むのは、恐らく、売れなくなった商品を乱造してるお馬鹿な集団だけだろう。そういえば、今日、読売新聞の販売員が来た。人の家にまでモノを売りに来るのはやめて欲しい。丁重にお断りした。一応、抵抗したが引き下がった模様。でも、1時間後。再び、同じ販売員がやってきた。ウチの者は呆れ、「こんな非常識な新聞社の商品なんか触りたくない!サヨウナラ」。俺は、横で笑ってた。
さて、さて、ここで本を一冊紹介。普段、この手の本はめったに読まないのがだ、それでもこの本『超簡単 お金の運用術』(山崎 元著)は読みたくなって購入。実に有意義な一冊!如何に、金融業者があざとく、せこくユーザーからザヤを掠め取っているか、間違っても、サービスの対価でないかがよく分かる。金融業者ほど、この本を読むことをお勧めする。熱く冷静に戦いを挑んでいる。700円!価格破壊!アドバイザー料金はこれでバブルとなった。この本をこの価格で購入することが、俺にとっては(恐らくあなたにとっても)スゲー『超簡単 お金の運用術』になっている。看板に偽りはない。それでも、ホント、なんか心配。そんな向きの方は、まず、この記事を読んで確認してみてはどうだろう。例えば、こんな件・・・・価格設定を考えると、日本市況ニュースもほぼリアルタイムで伝えるようなサービス付きで、日経の読者に対して月額315円くらいまでなら、筆者は契約してもいいと思う。通勤時に携帯で読む読者もいるだろう。念のため申し上げておくと、価格はこの程度が上限であり、例えば「日経ヴェリタス」とセット販売するというような「重たい」設定は嫌われるだろう。
多くの人にとってお金の運用は、仕事でも趣味でもない。敢えて言えば、金融「商品」なのだから買い物だろう。お買い物をするのに「重たい」感じなんて敬遠される。ところで、経済学はどうだろう、か。経済学という学問、俺には、とっても「重たい」感じ。だから、つい敬遠したくなる。そういえば、こんな珍事件があったけっ!
駒澤大学が昨年度から始めたデリバティブ(金融派生商品)取引による資産運用で、約154億円の損失を出していたことが分かった。問題のデリバティブ取引は、「金利スワップ」と「通貨スワップ」の2種類で、昨年度、外資系の金融機関2社と契約していたという。ところが、2007年後半以降の金融危機の影響などを受けて、時価が一気に値下がりし、今年3月末の年度決算時点で、評価損は53億円を超え、その後も含み損が増え続けたため、結局、損切りを決めたという(損切りが出来た事には拍手を送りたい)。
経済学でお金儲けはできないという。それはいいとしよう。けど、損はしたくない。駒澤大学(経済学部がある)は、自身が購入した金融商品で損をした。経済学って、どんな学問なんだ?得はないが、損することはある。合理的に考えれば回避行動をとるだろう。でも、事実は違う。とすると、損をしても大丈夫な程度に損をすればいい。必要以上に欲を出すと、欲の分だけ損をする。その匙加減が難しい、そんなところですか?
東京は世界で2番目に物価の高い都市、それでもインフレ目標?
2009年01月14日
デフレ含み「回復は来年」 日銀 展望リポート見直し:消費者物価指数(除く生鮮食品)の伸び率予測も09年度は10月時点の前年度比横ばい(0%)からマイナスに下方修正する見通し。昨年7月に1バレル=147ドルの史上最高値をつけた原油価格が30ドル台まで落ち込むなど原材料価格が下落していることに加え、消費者の購買意欲が低下し、低価格の商品を求める志向が強まっているためだ。今後、景気悪化で賃下げが広がれば、個人消費が一段と落ち込み、物価下落と景気後退が連鎖的に深刻化する「デフレスパイラル」に陥る恐れもある。
その一方で日本に滞在する外国人にとって、東京は世界で2番目に物価の高い都市に。円高が原因:
The strengthening of the Japanese yen due largely to the unravelling of the carry trade means Tokyo has reclaimed its position as Asia’s most expensive city for visitors. Goods and services there were 40% more expensive than in Singapore in September 2007, and this gap has since widened to 68%. While inflation has tripled since last year, increases in cost of living over the last two months for foreigners coming to Japan have been primarily a result of exchange rate movements.
東京の物価は高いのか、低いのか。答える人のポジションで異なることに。それでも、他国を含めて判断すれば東京は物価高いんだよね。それでもインフレ目標とか言ってる人がいて、どういうことなのか、にわかには理解し難い。
物価の高い世界の都市トップ10
ランク 都市名 07年9月のランク
1 Luanda 1
2 Tokyo 13
3 Yokohama 18
4 Nagoya 20
5 Kobe 30
6 Moscow 3
7 Abuja 21
8 Copenhagen 5
9 Oslo 2
10 Geneva 9
その一方で日本に滞在する外国人にとって、東京は世界で2番目に物価の高い都市に。円高が原因:
The strengthening of the Japanese yen due largely to the unravelling of the carry trade means Tokyo has reclaimed its position as Asia’s most expensive city for visitors. Goods and services there were 40% more expensive than in Singapore in September 2007, and this gap has since widened to 68%. While inflation has tripled since last year, increases in cost of living over the last two months for foreigners coming to Japan have been primarily a result of exchange rate movements.
東京の物価は高いのか、低いのか。答える人のポジションで異なることに。それでも、他国を含めて判断すれば東京は物価高いんだよね。それでもインフレ目標とか言ってる人がいて、どういうことなのか、にわかには理解し難い。
物価の高い世界の都市トップ10
ランク 都市名 07年9月のランク
1 Luanda 1
2 Tokyo 13
3 Yokohama 18
4 Nagoya 20
5 Kobe 30
6 Moscow 3
7 Abuja 21
8 Copenhagen 5
9 Oslo 2
10 Geneva 9
ロンドン~ミラノが700円以下の時代 新車購入を勧めるトヨタ
2009年01月14日
「トヨタ部長級2200人が新車購入」だという。2200人ですか。まー、そいつはさておき、ここでは車ではなく飛行機料金の話。例えば、金持ちは自家用ジェット機、商用はビジネスクラス、マイレージ貯めてたまにファーストクラス、家族でお出かけのときはエコノミー、そんな設定をしてみる。ところで、ロンドン~ミラノが700円以下!なんてことを知ったらどうだろう。価格破壊、そんなモンじゃない。価格設定というカルテルが無効になった。そもそも、価格決定のメカニズムという経済学いうところの価格とは、所有することが前提されている。所有(買う)ことで価格は決定する。しかし、所有することを放棄する、いや、そうではなく、人生が有限であれば、いつか人は所有することを放棄しなければならない。その放棄されたものがいつか売りに出される。ここに所有することの限界が露呈する。(そいつは違う!という人もいよう。自分には親類縁者がいる。確かに、でも、それとて、いつか潰えることもある。)しかし、限界はこれに留まらない。その限界ゆえに放棄(売る)しようにも放棄できずに手元に留まり続けるより仕方ない限界もここに露呈する。所有(買う)ことに限界があれば、所有(買う)されないことによる、放棄(売る)しようにも、そうできない限界もある。「価格決定のメカニズム」をメカニズムとして機能させる自然成長とはこのことであろう。ここに景気循環も、景気循環の一つである恐慌もあり、人為ではない自然成長もここにあろう。
ところで、先の記事の話ではあるが、機内食、手荷物持込など、すべてのサービス、オプションが有料。燃料サーチャージも料金に含まれず、いったん予約するとキャンセルや変更は不可、ないしは高いチャージ料がかかる。また、予約はネットからのみで、残席数などによって運賃が変わる。予約が早ければ早いほど、格安度が上がるという。そんな時代に、トヨタはマイカーですか?それで、エコですか?レンタルをもっと充実したら。
ところで、先の記事の話ではあるが、機内食、手荷物持込など、すべてのサービス、オプションが有料。燃料サーチャージも料金に含まれず、いったん予約するとキャンセルや変更は不可、ないしは高いチャージ料がかかる。また、予約はネットからのみで、残席数などによって運賃が変わる。予約が早ければ早いほど、格安度が上がるという。そんな時代に、トヨタはマイカーですか?それで、エコですか?レンタルをもっと充実したら。
ウソを暴く番組それ自体の「ウソ」が発覚した!
2009年01月12日
まず初めに、掲示板からの仕込みで、1 月9 日の「毎日新聞」夕刊における 「三和シヤッター ガレージハウス条例違反」の記事に三和シャッターが抗議IRを出している。当記事は毎日jpから削除されているが、インフォシークには残ってた。それで面白かったのが、これ!
毎 日 新 聞 に 書 か れ て る 事 で
正 し い の は 日 付 だ け だ
それともう一つ。まず、この朝日新聞の見出しを見て欲しい。「番組撮影用にブログ自作 テレ朝の情報バラエティー」。これだけ読んで、この記事の内容を理解できる人っているのだろうか。新聞って、読者の知らないことが書かれているから価値がある。だからこそ、見出しは端的でなければならない。だけど、この見出しはそうではない。どうしてこうなるかといえば、知っていることを前提にしているからとなる。で、知っている記事を読者は読まない。朝日新聞も読者を維持したいとは思わないらしい。ところで、内容はというと、「テレビ朝日系列で10日夜に放送された情報バラエティー番組「情報整理バラエティー ウソバスター!」の中で紹介されたインターネット上のブログが、番組が撮影用に自作したものだった」ということ。そこで疑問なんだけど、テレビ朝日広報部の話では、「実際にあったブログなどから撮影許可が得られず、番組で撮影用に同じ趣旨のブログを作成した」更に、「担当した番組制作会社から実在したブログなどネット情報のコピーを示されており、捏造(ねつぞう)ではないと考えている」というが、これって、盗作とか著作権侵害とかにならないの?同じ趣旨であって、そのままではないというのであればブログにあった記載として扱うのは間違っていないの?まー、ウソを暴く番組それ自体の「ウソ」が発覚したことのほうが重要だとは思うが、それにしても、新聞・テレビは酷く欠陥商品を作っている。「地デジ移行完了に黄信号 対応TV売れ行き不振」も、納得!
毎 日 新 聞 に 書 か れ て る 事 で
正 し い の は 日 付 だ け だ
それともう一つ。まず、この朝日新聞の見出しを見て欲しい。「番組撮影用にブログ自作 テレ朝の情報バラエティー」。これだけ読んで、この記事の内容を理解できる人っているのだろうか。新聞って、読者の知らないことが書かれているから価値がある。だからこそ、見出しは端的でなければならない。だけど、この見出しはそうではない。どうしてこうなるかといえば、知っていることを前提にしているからとなる。で、知っている記事を読者は読まない。朝日新聞も読者を維持したいとは思わないらしい。ところで、内容はというと、「テレビ朝日系列で10日夜に放送された情報バラエティー番組「情報整理バラエティー ウソバスター!」の中で紹介されたインターネット上のブログが、番組が撮影用に自作したものだった」ということ。そこで疑問なんだけど、テレビ朝日広報部の話では、「実際にあったブログなどから撮影許可が得られず、番組で撮影用に同じ趣旨のブログを作成した」更に、「担当した番組制作会社から実在したブログなどネット情報のコピーを示されており、捏造(ねつぞう)ではないと考えている」というが、これって、盗作とか著作権侵害とかにならないの?同じ趣旨であって、そのままではないというのであればブログにあった記載として扱うのは間違っていないの?まー、ウソを暴く番組それ自体の「ウソ」が発覚したことのほうが重要だとは思うが、それにしても、新聞・テレビは酷く欠陥商品を作っている。「地デジ移行完了に黄信号 対応TV売れ行き不振」も、納得!
「乳がんと牛乳──がん細胞はなぜ消えたのか」
2009年01月12日
乳がんと牛乳──がん細胞はなぜ消えたのか (単行本) ジェイン・プラント (著), 佐藤章夫 (翻訳) この本を近所の図書館で借りて読んだ。半信半疑だった。でも、凄い!Amazon.の書評欄を読んでみた。凄い!更に、ここも読んだ。凄い!発行は2008年10月3日。で、新聞等の書評で取り上げられたことはあったか。恐らくないであろう。乳製品を扱った業界は多岐に及ぶ。スポンサーを失うことはしたくない。では、食の安全を歌う農水省は・・・・牛乳と癌、癌は厚生省だから関係ない。だったら、厚生省は・・・・牛乳は農水省だから関係ない。こうしてわれわれは、思考することの切っ掛けを奪われたままだったろう。今までは。しかし、こうしたこともネットを介し緩和されつつある。かくいう自分自身もタバコと健康のことを調べていたときに、この本を知ったのだった。健康に良いとされてきた牛乳が、乳がんと関係する。誰もがにわかには理解しがたい。でも、「安全」「健康」という言葉ほど、危険はないのかもしれない。タバコが健康に悪いと言い出したのはヒトラーだった。
風邪を引く。身体が熱を発し、熱でウィルスをやっつける。すぐに寝る。汗をかく。水を飲む。これが一番の自然健康法なんじゃないか。われわれの身体が、身体として機能するように習得してきた技法がここ身体自身にある。そんなことを野口流『整体入門』を読んだときに考えたことを思い出した。ことによれば、われわれが文字や活字で理解するよりも早く、われわれ自身の身体のほうがより多くのことを理解している。そういうことを一つずつ確認していくことがこれから人類が進む方向なのではないか。離乳期を過ぎて、なお、乳を摂取するのは人類だけなのか。他の哺乳類はどうなんだろうか。そんなことを知りたくなる。
含み損1兆円超えの農林中金が消える年になって欲しい
2009年01月12日
食品Gメン、そんなものがあるとは。なんでも、事故米不正転売をうけての対策らしいが、でも、これって、本末転倒なんじゃないか。というのは、そもそも、事故米が流通してしまうのはミニマムアクセス(MA)米の備蓄などがあるからで、これをなくせばいいだけ。なぜ、農水省が価格操作するのか、こんな社会主義的計画経済が生きていることが問題なのは、事実、事故を起こしていることが何よりの証明ではないか。要するに、食料Gメンとは、社会主義計画経済を維持するための無駄な公共事業であり、即刻止めてもらいたい。われわれは、市場価格でコメを購入ればいい。そうすれば、国際価格の3倍もの高値でコメを掴まされるようなことはなくなる。減反を即刻見直し、それによる余剰米は輸出すればいいのだ。サラリーマンより高い兼業農家の所得が下がるのが困るというのであれば困らせればいい。農民の甘ったれにいつまでも付き合っていては、今日の派遣労働者はどうなるのか。(*)
なんでも、農林中金の含み損が1兆円を超えたという。これにより、農協の瓦解もあり得るという。だが、今日に至って未だ、こんな互助会組織が生き残っていることのほうがずっと悲惨というもの。金融機関でもない互助会を、公的資金で救済するなんてことをしてみても、所詮、その答えが、今日のこの自体である。
われわれ消費者は、農業に関心はあっても農民の世話を税金で行い、自民党の農政族が耕す票田には関心はない。農業である以上、それは、産業である。産業であれば、当然、株式会社が生産するのは当然なはず。品種改良を含め、さまざまな先端技術を駆使して農業=産業を行うことはいいことである。
なんでも、農林中金の含み損が1兆円を超えたという。これにより、農協の瓦解もあり得るという。だが、今日に至って未だ、こんな互助会組織が生き残っていることのほうがずっと悲惨というもの。金融機関でもない互助会を、公的資金で救済するなんてことをしてみても、所詮、その答えが、今日のこの自体である。
1980年代後半のバブル期に住宅金融専門会社(住専)に多額の貸し込みを行い、住専のその後の破綻に伴い、窮地に追い込まれたことはいまだ記憶に新しい。当時、住専に貸し込んだ、金融事業を行っている都道府県段階の農業協同組合連合会等の系列金融機関(JAバンク系)について破綻は時間の問題と見られていたが、特別措置法の制定で国費により住専の債権が買い取られたことで救済され破綻を免れた。(*)
われわれ消費者は、農業に関心はあっても農民の世話を税金で行い、自民党の農政族が耕す票田には関心はない。農業である以上、それは、産業である。産業であれば、当然、株式会社が生産するのは当然なはず。品種改良を含め、さまざまな先端技術を駆使して農業=産業を行うことはいいことである。
人の不幸で金稼ぎ 良いつもりで、人の足を引っ張るヤバイ人
2009年01月10日
■地球温暖化 火力発電や自動車などの人間の活動や火山の噴火などの自然現象によって、二酸化炭素(CO2)などの「温室効果ガス」が大気中に大量に放出され、地球の平均気温が上昇することをいう。(*)
地球温暖化といったとき、そこに「人為的」ではなく「自然現象」がいつから含まれるようになったんだろう。それはともかく、人為的要因によって引き起こされる「地球温暖化」はもう心配ない、というのは、昨今の恐慌的状況によって車の生産はじめ、さまざまな生産活動が減退している状況にあってCO2を含む温室効果ガスの排出量は相当に削減されているはず。
こういっちゃなんだが、声高に温暖化危機を叫び、温暖化を信仰する人にとって、CO2を削減できる今の状況は歓喜の時らしく、これみよがしに「雇用崩壊」特集なんぞを書きたてる。こうして、不景気好きな温暖化信者って、それは、それは、とっても暗い人、ってことになるんだな。こういう人は、俺は、苦手だな!不幸を如何に回避するかではなく、人の不幸で金稼ぎ。いいことをしてるつもりで、その実は、人の足を引っ張るヤバイ人ってことになる。こんな人たちと付き合うと不景気な状況に引きずり込まれるだけ。産経はじめ新聞・テレビ・出版が斜陽産業で万年不景気へと凋落の真っ只中にあり、ただでさえ景気の足を引っ張ることにしか貢献していないのに、その上、さらに不景気を称揚する負の圧力を加える「なんちゃって地球温暖化」を飽きずに煽る。まずは、これらの赤字産業を整理縮小・統廃合をすることからはじめないと、いつまでたっても、この恐慌的状況から脱出できない。
地球温暖化といったとき、そこに「人為的」ではなく「自然現象」がいつから含まれるようになったんだろう。それはともかく、人為的要因によって引き起こされる「地球温暖化」はもう心配ない、というのは、昨今の恐慌的状況によって車の生産はじめ、さまざまな生産活動が減退している状況にあってCO2を含む温室効果ガスの排出量は相当に削減されているはず。
こういっちゃなんだが、声高に温暖化危機を叫び、温暖化を信仰する人にとって、CO2を削減できる今の状況は歓喜の時らしく、これみよがしに「雇用崩壊」特集なんぞを書きたてる。こうして、不景気好きな温暖化信者って、それは、それは、とっても暗い人、ってことになるんだな。こういう人は、俺は、苦手だな!不幸を如何に回避するかではなく、人の不幸で金稼ぎ。いいことをしてるつもりで、その実は、人の足を引っ張るヤバイ人ってことになる。こんな人たちと付き合うと不景気な状況に引きずり込まれるだけ。産経はじめ新聞・テレビ・出版が斜陽産業で万年不景気へと凋落の真っ只中にあり、ただでさえ景気の足を引っ張ることにしか貢献していないのに、その上、さらに不景気を称揚する負の圧力を加える「なんちゃって地球温暖化」を飽きずに煽る。まずは、これらの赤字産業を整理縮小・統廃合をすることからはじめないと、いつまでたっても、この恐慌的状況から脱出できない。
なんだか、ホンと日本って、やばい!
2009年01月09日
ソニーは「携帯電話と同じように、いつでも持ち出してもらう手放せないパソコンづくりにこだわった」と話す。やはりソニーは分かっていないのではないか。インターネットを含め、通信網に接続されれば、携帯電話であれパソコンであれ、それらは箱物「ハード」ではなく「ソフト」へと早ガワリ。そこに電子情報が瞬時に走る。その爽快感。情報は知識となり、その知識がイノヴェーションを喚起する。ここに産業を始め、様々な「新しい」ことが生起していく。当然、デザインが同調しなければならないのは、この点なはずなのに、これじゃー、箱物建築と揶揄されて久しい土建屋とかわるところがない。どうですか、この大きさ。「ソニー、小型PC「ネットブック」に参入…ジーンズの後ろポケットに入る大きさ - asahi.com(朝日新聞社)」っていわれても、ね。ポケット、破けそう!アップルとの差、歴然としてませんか。一度、落ち着いて考え直した方がいいと思うのは、俺だけか?インターネットを国籍で語ることに意味はない。その意味で、グローバル企業なのに・・・・・ソニーは「【超有名株】だそうだが、これでは実体と株は乖離が目立つばかり。やはり、ソニーのような箱物企業ではなく、IT、インターネットのプロパー企業を育成しないと、なんだか、ホンと日本って、やばい!
われわれは、官僚組織の餌食になっているのではないか
2009年01月08日
こういうことを言うのは、いささか馬鹿げているようだけど、そうとばかりはいえない。どうして官僚には失業がないのか。それは国家が破綻したときであるからか。そうではないだろう。官僚組織と国家とは別だ。官僚が組織であれば、会社にあって組織変更があるように官僚にも組織変更があって当然ではないか。会社組織の変更が不況(恐慌)時にあるとすれば、官僚組織にあってのそれは、減税を含む税収減少期をおいてはないはず。それが今だろう。だけど、あるのは会社における話ばかりに思える。確かに賃金における「世代間ギャップ、及び、正規雇用者と非正規雇用者ギャップ」が問題である。その指摘は正しいだろう。「同一労働同一賃金」という尺度をあてればすっきりする。そもそも、正規-非正規という区別がヘンだ。「正しい」社員と「正しくない」社員、前者が勝ち組、後者が負け組み、そんな対応関係があるのだろう。なるほど、勝ち組は、負け組みの仕事を請け負い、請け負う仕事は増えても収入は増えない。その横で勝ち組でも負け組みでもない「窓際」族が、郡をなして左団扇とは、なかなか古式正し日本の風情だ。恐れ入ったか、勝ち組くん!そんな現実が勝ち組くんの肩に年々重くのしかかっている。さー、そろそろ、ここから脱出するか。勝ち組くんの渡り鳥は、官僚のそれとは違って、渡る度にお金が舞い込んでくることはない。
税金は所得の強制的移転である。これは強奪ともいえよう。ここには売買関係はない。だから、資本関係(売買関係)と官僚組織とは区別がある。ここにもっと注意したら、どうなるか。収入のない状態で税金をかすことには意味がない。ない袖半触れない。だったら、官僚組織が資本関係に依存しているとはいえないのか。国債だって、税収に基づいている。その税収が増えなければ、官僚組織を現行のまま維持することはできない、はず。でも、実際は違って、派遣法見直しといった権益強化で組織維持、あるいは、拡張をもくろむ。こうして派遣労働者は、なお一層、職業機会を失う。
更に、労働組合は賃上げ要求だという。だが、その要求は、労働者にリストラのプレシャーをかけることになろう。資本側に立てば、賃上げは生産コストを引き上げることになる。不況(恐慌)下にあって売り上げが伸びないのであれば、会社組織は生産コスト引き下げ、労働者を解雇する。これは合理的判断で、というのは、会社が倒産すれば、賃上げも、ミソも糞もなくなるのだから。よって、この要求は未来に禍根を残すことはあっても、未来を開くことはない。既存企業は縮小均衡に向かっていくのであれば、ますます、自分たちの首を絞めることに貢献するばかりだろう。
この息苦しさはどこから来るのか。言わずもがな!官僚組織は、この間、組織維持のみならず、拡張をはかっている。われわれは、官僚組織の餌食になっているのではないか。官僚組織のリストラがない以上、そう判断できないのだろうか。官僚組織はわれわれ労働者(生産者)=消費者の犠牲のもとに生き延びている寄生虫だ。それが、課税であることはいうまでもないことだろう。
政治はどうか。それも、給与が税金である以上、同じ穴のムジナだろう。はじめから期待するほうが無駄だろう。絶望するだけの期待をもたなければ、しらける事も、咳き込むこともない。みんな一旦、作業仮説として、失業者になればいい。失業者に課税したければ、勝手にやれ!ってことです。
では、どうすればいいのか。減税だろう。消費税を上げた橋本内閣で不況になった。「失われた10年」が始まった。今回も、同じ轍を踏もうというのか。あと、新規事業を喚起することだろう。仕事が増えなければ雇用は生まれない。規制緩和が重要だ。要は、官僚組織を縮小均衡に向かわせなければならないはず。それと、バブルはなくならない(ここを参照してください。特に、「9.信用が創造されるプロセス」)。むしろ、バブルが悪いのではなく、バブルの事後処理が悪いのだ。今回がそれ。バブルの破綻に乗じた官僚組織の維持拡大が不味い。後は、このバブルを上手く使って新規雇用を創造すべく、供給サイドを長期的視点を加えて作っていくことが重要だろう。昨今の議論にはこの点が抜け落ちている。有効需要を喚起するケインズ的手段とは、即ち、官僚組織維持拡大、即ち、増税では、これって、共産主義の言い換えではないか。こいつが、20世紀にどれだけの粛清という悲惨をもたらしたかを理解すれば、十分なはず。
税金は所得の強制的移転である。これは強奪ともいえよう。ここには売買関係はない。だから、資本関係(売買関係)と官僚組織とは区別がある。ここにもっと注意したら、どうなるか。収入のない状態で税金をかすことには意味がない。ない袖半触れない。だったら、官僚組織が資本関係に依存しているとはいえないのか。国債だって、税収に基づいている。その税収が増えなければ、官僚組織を現行のまま維持することはできない、はず。でも、実際は違って、派遣法見直しといった権益強化で組織維持、あるいは、拡張をもくろむ。こうして派遣労働者は、なお一層、職業機会を失う。
更に、労働組合は賃上げ要求だという。だが、その要求は、労働者にリストラのプレシャーをかけることになろう。資本側に立てば、賃上げは生産コストを引き上げることになる。不況(恐慌)下にあって売り上げが伸びないのであれば、会社組織は生産コスト引き下げ、労働者を解雇する。これは合理的判断で、というのは、会社が倒産すれば、賃上げも、ミソも糞もなくなるのだから。よって、この要求は未来に禍根を残すことはあっても、未来を開くことはない。既存企業は縮小均衡に向かっていくのであれば、ますます、自分たちの首を絞めることに貢献するばかりだろう。
この息苦しさはどこから来るのか。言わずもがな!官僚組織は、この間、組織維持のみならず、拡張をはかっている。われわれは、官僚組織の餌食になっているのではないか。官僚組織のリストラがない以上、そう判断できないのだろうか。官僚組織はわれわれ労働者(生産者)=消費者の犠牲のもとに生き延びている寄生虫だ。それが、課税であることはいうまでもないことだろう。
政治はどうか。それも、給与が税金である以上、同じ穴のムジナだろう。はじめから期待するほうが無駄だろう。絶望するだけの期待をもたなければ、しらける事も、咳き込むこともない。みんな一旦、作業仮説として、失業者になればいい。失業者に課税したければ、勝手にやれ!ってことです。
では、どうすればいいのか。減税だろう。消費税を上げた橋本内閣で不況になった。「失われた10年」が始まった。今回も、同じ轍を踏もうというのか。あと、新規事業を喚起することだろう。仕事が増えなければ雇用は生まれない。規制緩和が重要だ。要は、官僚組織を縮小均衡に向かわせなければならないはず。それと、バブルはなくならない(ここを参照してください。特に、「9.信用が創造されるプロセス」)。むしろ、バブルが悪いのではなく、バブルの事後処理が悪いのだ。今回がそれ。バブルの破綻に乗じた官僚組織の維持拡大が不味い。後は、このバブルを上手く使って新規雇用を創造すべく、供給サイドを長期的視点を加えて作っていくことが重要だろう。昨今の議論にはこの点が抜け落ちている。有効需要を喚起するケインズ的手段とは、即ち、官僚組織維持拡大、即ち、増税では、これって、共産主義の言い換えではないか。こいつが、20世紀にどれだけの粛清という悲惨をもたらしたかを理解すれば、十分なはず。
正しく堕落せよ!と語りき時が来た
2009年01月03日
「メディア企業は自業自得」を読んでいたら、そこにマーシャル・マクルーハンの名前があるではないか。そう書けばもっともらしいが、もっとらしいだけでそれ以上ではない。
"the medium is the message." by Marshall McLuhan
「メディアはメッセージ」ではない、「メディアがメッセージ」なのである。メディアは何かを伝えない。メディアそれ自体が、その何である。メディア自体がメッセージ。そう語ったマーシャル・マクルーハンが時代の寵児だった60年代、彼は雑誌Playboyに登場し、そこでインタビュー に答えている。それを、我々は、こうしてネット上で確認できる時代に生きている。
これはかつてマクルーハンが『言語に与えた印刷物の影響』で述べたことである。それから時代が移った現在、ここで指摘されている聴覚空間の特徴である「地平線のない空間」は視覚にも該当する時代になった。それがインターネットのもたらした変化なのかもしれない。というより、そのインターネット自体が、メディアなのである。そのメディア自体に誰もがアクセス可能となったとき、単に媒体産業でしかなかった企業が特権的に、その財力にかまけてメディアを語ることは出来なくなった。人はメディアに反応する。その反応を独占することで産業を構成していた企業は廃墟と化する。だって、こうして我々はネットでメディアを行き来しているのだから。その波はそれに留まらない。大学を始めとする学校が情報産業であり、その意味でメディアであれば、それも例外ではない。恐らく、東大・京大以外の数校を残し、廃墟となることだろう。
だが、これは悲観することではない。廃墟さえ廃墟となった瓦礫に、そっと手をかざせば、そこに未来の痕跡がある。その時、その周りには新たな芽が、何事もなかったかのように飄々とした風情で戯れている。そんな面白い時代を生きている。そう一刻も早く認識しえたものが生き残っている。それが、誰なのかは分からないが、それが誰でないかはハッキリしている。手に鍬を持ち畑を耕し、持った鍬でアスファルトを均し道路を作り、コンクリートで固めたビルを建設し、その間を車が走る。走る車はそれだけではない。時計も、輪転機も、点接合による車である。そこにはお札を刷る車から、雑誌・新聞を印刷する車、それらは、みな、水車が辿った道を正しく転げ落ちていくことだろう。
"the medium is the message." by Marshall McLuhan
Understanding Media (1964)
http://en.wikipedia.org/wiki/Marshall_McLuhan
McLuhan's most widely known work, Understanding Media: The Extensions of Man (1964), is also a pioneering study in media ecology. In it McLuhan proposed that media themselves, not the content they carry, should be the focus of study –- popularly quoted as "the medium is the message." McLuhan's theory was that a medium affects the society in which it plays a role not by the content delivered over the medium, but by the characteristics of the medium itself. McLuhan pointed to the light bulb as a clear demonstration of this concept. A light bulb does not have content in the way that a newspaper has articles or a television has programs, yet it is a medium that has a social effect; that is, a light bulb enables people to create spaces during nighttime that would otherwise be enveloped by darkness. He describes the light bulb as a medium without any content. McLuhan states that "a light bulb creates an environment by its mere presence."[38] More controversially, he postulated that content had little effect on society –- in other words, it did not matter if television broadcasts children's shows or violent programming, to illustrate one example -– the effect of television on society would be identical. He noted that all media have characteristics that engage the viewer in different ways; for instance, a passage in a book could be reread at will, but a movie had to be screened again in its entirety to study any individual part of it.
「メディアはメッセージ」ではない、「メディアがメッセージ」なのである。メディアは何かを伝えない。メディアそれ自体が、その何である。メディア自体がメッセージ。そう語ったマーシャル・マクルーハンが時代の寵児だった60年代、彼は雑誌Playboyに登場し、そこでインタビュー に答えている。それを、我々は、こうしてネット上で確認できる時代に生きている。
いかなる感覚も一つだけで働くものではない。視覚は部分的には目と身体の動きによって構造化されている。同時に聴覚は視覚と筋肉運動によっている。視覚空間だけでは平面であろうが、音の空間はつねに球状である。それは視覚化できない同時的な相互関係の場なのである。しかしそれは生きたダイナミクスの球形であって、なにかを容れたり、あるいはなにかに容れられているものではない。その空間には地平線がないのである。
これはかつてマクルーハンが『言語に与えた印刷物の影響』で述べたことである。それから時代が移った現在、ここで指摘されている聴覚空間の特徴である「地平線のない空間」は視覚にも該当する時代になった。それがインターネットのもたらした変化なのかもしれない。というより、そのインターネット自体が、メディアなのである。そのメディア自体に誰もがアクセス可能となったとき、単に媒体産業でしかなかった企業が特権的に、その財力にかまけてメディアを語ることは出来なくなった。人はメディアに反応する。その反応を独占することで産業を構成していた企業は廃墟と化する。だって、こうして我々はネットでメディアを行き来しているのだから。その波はそれに留まらない。大学を始めとする学校が情報産業であり、その意味でメディアであれば、それも例外ではない。恐らく、東大・京大以外の数校を残し、廃墟となることだろう。
だが、これは悲観することではない。廃墟さえ廃墟となった瓦礫に、そっと手をかざせば、そこに未来の痕跡がある。その時、その周りには新たな芽が、何事もなかったかのように飄々とした風情で戯れている。そんな面白い時代を生きている。そう一刻も早く認識しえたものが生き残っている。それが、誰なのかは分からないが、それが誰でないかはハッキリしている。手に鍬を持ち畑を耕し、持った鍬でアスファルトを均し道路を作り、コンクリートで固めたビルを建設し、その間を車が走る。走る車はそれだけではない。時計も、輪転機も、点接合による車である。そこにはお札を刷る車から、雑誌・新聞を印刷する車、それらは、みな、水車が辿った道を正しく転げ落ちていくことだろう。
戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱(ぜいじゃく)であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。人間は結局処女を刺殺せずにはいられず、武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくなるであろう。だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。こうして手元に安吾本がなくても安吾先生に会えてしまう。嬉しき限り。
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42620_21407.html
「堕落論」坂口安吾
こうして今年も慌しく始まった・・・
2009年01月02日
7時のNHKニュースでは、日銀はCPだけでなく、債券や株式の購入も検討しているという。日本もアメリカ並みに金融恐慌が実態経済に浸透していると日銀は判断したことになる。
また、ガザでは空爆が、そして、ハマスの幹部が殺害された。もう、止まりそうにない。地上戦になる模様だ。EU外相会合で、即時停戦を呼びかける。その横で、ロシアはウクライナ向けガス供給を停止した。同国のパイプラインを通じてガスを輸入する欧州でも懸念が広がっているという。
明日の石油価格は恐ろしいことになりそう。もう、金融などバーチャルな世界は終わった。これからは実物の世界だ。これが用意された筋書き、か。そうした筋書きも金融のものであれば、それも、バーチャルな世界でもあるわけだ、が。昨年末に、ロイターにあった2つの記事、野口氏と、出井氏を張っておきます。
また、ガザでは空爆が、そして、ハマスの幹部が殺害された。もう、止まりそうにない。地上戦になる模様だ。EU外相会合で、即時停戦を呼びかける。その横で、ロシアはウクライナ向けガス供給を停止した。同国のパイプラインを通じてガスを輸入する欧州でも懸念が広がっているという。
明日の石油価格は恐ろしいことになりそう。もう、金融などバーチャルな世界は終わった。これからは実物の世界だ。これが用意された筋書き、か。そうした筋書きも金融のものであれば、それも、バーチャルな世界でもあるわけだ、が。昨年末に、ロイターにあった2つの記事、野口氏と、出井氏を張っておきます。
地球温暖化が捏造なら、捏造記事を製造したメディアも凋落
2008年12月29日
今年も残すところ数日となり、「今年、あなたにとっての最大のニュースは何ですか」といった質問が、それなりの現実感をもつ時期になったな~。と、考えたのは、実は(といって隠す意図はまったくないのだけど)この記事、「2008 was the year man-made global warming was disproved (2008年は人為的地球温暖化が反証された年)」に触れてのこと。

何をか語ることがあろうか。CO2の排出量は増加しているのに、気温は下降している。CO2が増加すると地球の温度が上昇するという因果関係はない。こういう記事は、少なくとも日本の新聞社の記事を読んでいただけでは分からない。インターネットがもたらした恩恵の一つは、日本の新聞記事は頼りにならないということを、なんとなくそれと分かってはいても、こうして具体的事例を通じてハッキリ知らせてくれたことだろう。莫大な初期投資を行えるものが、自らの利益機会を維持するために情報の囲い込みを行っていた。そのためには捏造をも辞さない。だが、それは崩れた。

http://pewresearch.org/pubs/1066/internet-overtakes-newspapers-as-news-source
「国内および国際ニュースを得るためのメディアとして,米国ではインターネットが初めて新聞を追い抜いた」。更に、若い世代(18歳~29歳)の主要ニュースソースとなると,2008年12月時点(現在)で,インターネットはTVと肩を並べるようになった。勿論、媒体が変化したら、記事を書く姿勢にどれだけの変化が生まれるのか。正直、分からないが、それでも、比較検証したり、他人の編集を介さずに、一次資料に当たることによって、これまでの限られた情報媒体にあって鵜呑みにするしかない事態だけは避けることができるようになる。もう、情報の囲い込みによって製造された記事は、それだけでまともに相手にされなくなった。こうして記者クラブから発せられる記事は、それだけで胡散臭く感じられる。その傾向に拍車がかかることはあっても、静止することはない。不可逆的だ。それに抵抗しようと試みればその分だけ、日本の潜在的成長力は減退する。
インターネットは新しい技術であり、第三次産業革命がおきている。ごく簡単にいって、不景気も、格差社会も、結局は、新しい仕事が生まれなければ解決できない。その解決ではなく、「ネット通販に規制強化の大波」だという。そこかしこに危険を探し回る。こうして新たな芽は潰される。許認可業務業界の利益が図られる。ネットは危険だ。それをネタに記事を製造し、自らの利益を図る。自らの危険は顧みられることはない。新聞・雑誌・テレビって、ホンと、人の弱みに付け込んで商売するだけ。事件だ、危機だ、と騒いで商売し、「危機だ、事件だ」と騒ぐことが、一体、どれだけの事件だったのだろうか。実際は、それらのメディア産業が衰退産業であるのみならず、メディアで利益を上げることが不可能になったことが事件なのだ。
メディア産業は著作権を持ち出す。それを糧に利益の囲い込みをはかる。一体、誰が言葉を作ったのか。誰でもない。なのに、どうして著作権なのか。私的言語はない。それが、見紛うことのない事実である。人はあたかも自分の言葉があると思っている。思っていることと、実際は違う。「自分の言葉」それだって、かつて誰かが言ったことだ。それを覚えただけ。そして、いつ覚えたかを忘れる。それを「自分の言葉」と言っているだけだ。いい加減に、「自分の言葉」なんて私的言語があるという幻想は捨てた方がいい。かく言う、この言葉だって、その例外ではない。かつて、ヴィトゲンシュタインが指摘したこと。

何をか語ることがあろうか。CO2の排出量は増加しているのに、気温は下降している。CO2が増加すると地球の温度が上昇するという因果関係はない。こういう記事は、少なくとも日本の新聞社の記事を読んでいただけでは分からない。インターネットがもたらした恩恵の一つは、日本の新聞記事は頼りにならないということを、なんとなくそれと分かってはいても、こうして具体的事例を通じてハッキリ知らせてくれたことだろう。莫大な初期投資を行えるものが、自らの利益機会を維持するために情報の囲い込みを行っていた。そのためには捏造をも辞さない。だが、それは崩れた。

http://pewresearch.org/pubs/1066/internet-overtakes-newspapers-as-news-source
「国内および国際ニュースを得るためのメディアとして,米国ではインターネットが初めて新聞を追い抜いた」。更に、若い世代(18歳~29歳)の主要ニュースソースとなると,2008年12月時点(現在)で,インターネットはTVと肩を並べるようになった。勿論、媒体が変化したら、記事を書く姿勢にどれだけの変化が生まれるのか。正直、分からないが、それでも、比較検証したり、他人の編集を介さずに、一次資料に当たることによって、これまでの限られた情報媒体にあって鵜呑みにするしかない事態だけは避けることができるようになる。もう、情報の囲い込みによって製造された記事は、それだけでまともに相手にされなくなった。こうして記者クラブから発せられる記事は、それだけで胡散臭く感じられる。その傾向に拍車がかかることはあっても、静止することはない。不可逆的だ。それに抵抗しようと試みればその分だけ、日本の潜在的成長力は減退する。
インターネットは新しい技術であり、第三次産業革命がおきている。ごく簡単にいって、不景気も、格差社会も、結局は、新しい仕事が生まれなければ解決できない。その解決ではなく、「ネット通販に規制強化の大波」だという。そこかしこに危険を探し回る。こうして新たな芽は潰される。許認可業務業界の利益が図られる。ネットは危険だ。それをネタに記事を製造し、自らの利益を図る。自らの危険は顧みられることはない。新聞・雑誌・テレビって、ホンと、人の弱みに付け込んで商売するだけ。事件だ、危機だ、と騒いで商売し、「危機だ、事件だ」と騒ぐことが、一体、どれだけの事件だったのだろうか。実際は、それらのメディア産業が衰退産業であるのみならず、メディアで利益を上げることが不可能になったことが事件なのだ。
メディア産業は著作権を持ち出す。それを糧に利益の囲い込みをはかる。一体、誰が言葉を作ったのか。誰でもない。なのに、どうして著作権なのか。私的言語はない。それが、見紛うことのない事実である。人はあたかも自分の言葉があると思っている。思っていることと、実際は違う。「自分の言葉」それだって、かつて誰かが言ったことだ。それを覚えただけ。そして、いつ覚えたかを忘れる。それを「自分の言葉」と言っているだけだ。いい加減に、「自分の言葉」なんて私的言語があるという幻想は捨てた方がいい。かく言う、この言葉だって、その例外ではない。かつて、ヴィトゲンシュタインが指摘したこと。
何べんいってもいい足りない、サヨウナラ
2008年12月23日
何もいわない。まずは読んでみてほしい。
これ、「蓮實重彦インタビュー」からの抜粋です。「なぜ飛行機が飛ぶかということが、私にはいまだ納得できていない」というのは勝手でしょう。でも、こちらはそうはいかない。9.11を「それ(飛行機)を落とそうとする意志」また「飛んでる飛行機より落ちる飛行機のほうが映画では絶対に画になる」、これはちょっと、いやかなり、ひどい。我々が観たのはビルに突っ込む飛行機なのであって、「落ちる」飛行機など恐らく蓮實氏しか観てはいない。「「社会」と作品との関係を見なきゃいけない」というなら、9.11で観た飛行機はビルと接触=関係したのであり、落下する飛行機などに誰も接していない。(財)東京大学新聞社http://www.utnp.org/2008/03/post_911.htmlによるところの「映画界の重鎮 蓮實重彦名誉教授」なのだから、まさか、9.11の飛行機に接して「落ちる」などいうはずもない。だから、同じ日にきっと「落ちる」飛行機があったのでしょう。それを蓮實氏だけが特権的に経験をされたのだということを祈るばかりです。そうじゃなければ、9,11の飛行機を指して「落ちた」なんて誰も納得できない。
蓮實重彦東大総長就任おめでとう!は、おめでたいゆとり教育の賜物だった。そのことをそっと確認して、氏に花束を贈りましょう。ご愁傷様です。
これを仕上げるには、アメリカに行くか行かないかをまず決断しなきゃいけない。でもいまはあまりアメリカに行きたくない(笑)。テロが怖いということでもなく、飛行機ってものにあんまり乗りたくなくなってるんです。私は9・11をフランスで迎えまして、その直後に飛行機に乗らなきゃいけなかった。そもそも、なぜ飛行機が飛ぶかということが、私にはいまだ納得できていない。さらに、それを落とそうとする意志が人類のある部分には確実にあったわけです。しかも、飛んでる飛行機より落ちる飛行機のほうが映画では絶対に画になるという決定的な事実を、われわれはホークスやフォードの航空映画や、ヒッチコックで知ってしまっている(笑)。だから9・11以来、数えるほどしか外国に行っていないのです。なにか不自然なものに乗るという気持が非常に強いですから。──ジョン・フォード論が出版されるのはいつ頃になりそうですか(#)
これ、「蓮實重彦インタビュー」からの抜粋です。「なぜ飛行機が飛ぶかということが、私にはいまだ納得できていない」というのは勝手でしょう。でも、こちらはそうはいかない。9.11を「それ(飛行機)を落とそうとする意志」また「飛んでる飛行機より落ちる飛行機のほうが映画では絶対に画になる」、これはちょっと、いやかなり、ひどい。我々が観たのはビルに突っ込む飛行機なのであって、「落ちる」飛行機など恐らく蓮實氏しか観てはいない。「「社会」と作品との関係を見なきゃいけない」というなら、9.11で観た飛行機はビルと接触=関係したのであり、落下する飛行機などに誰も接していない。(財)東京大学新聞社http://www.utnp.org/2008/03/post_911.htmlによるところの「映画界の重鎮 蓮實重彦名誉教授」なのだから、まさか、9.11の飛行機に接して「落ちる」などいうはずもない。だから、同じ日にきっと「落ちる」飛行機があったのでしょう。それを蓮實氏だけが特権的に経験をされたのだということを祈るばかりです。そうじゃなければ、9,11の飛行機を指して「落ちた」なんて誰も納得できない。
蓮實重彦東大総長就任おめでとう!は、おめでたいゆとり教育の賜物だった。そのことをそっと確認して、氏に花束を贈りましょう。ご愁傷様です。



日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!